常に過去の自分と競争すべき(追記あり)

まず、以下の記事を読んで下さい。

 

簡単に要約すると、人生とは、自分との闘いと、相手との闘いの2つに大きく分けられるという話です。

 

 

嫉妬深い人って世の中にいます。そういう人は、他人と比べすぎるのです。他人と比べすぎて、自分が劣っている場合、無限の嫉妬に苦しみます。

 

なぜなら、ビジネスにせよ、恋愛にせよ、1位にならなければ、常に「上には上がいる」ので、そういう人たちに嫉妬し続けることになるからです。だからこそ、無限の嫉妬なのです。

 

確かに、ビジネスや恋愛で、最高のモノを求めたいという気持ちは上昇思考につながり、実際に、1位になる可能性も残るでしょう。

 

1位を目指して、ようやく3位以下になることが世の常です。競争、他人との闘いは厳しい世界なのです。

 

ですが、私はここで発想の転換をしたほうがいいと感じます。

 

つまり、自分との闘いを重視するのです。過去の自分や、自分に課しているノルマに負けないなど、自分との闘いにするのです。

 

こうやって、自分との闘いに集中するようになると、他人との闘いがあまり気にならなくなり、他人にもあまり嫉妬しないようになります。

 

私はあまり他人に嫉妬しないタイプなのですが、それは常に、過去の自分との闘いや、自分に課しているノルマとの闘いを追求しているからです。

 

過去に比べたら、間違いなく、私はかなり成長したと我ながら思います。文章執筆術もそうですし、話術もそうです。ビジネス知識もどんとんアップデートされています。IT機器の操作系も、前に比べたら、上達しました。

 

つまり、明らかに、昔より、どんどん上手くなっている領域が増えているのです。(まぁ、まだ収益化はしていませんが。これだけが心残りです)

 

自分の怠けぐせや、過去の下手な箇所などを克服すると、上達した感が凄く、他人に嫉妬しなくなります。

 

他人との闘いより、自分の目指す像へ近付くために、自分との闘いを制しようとするので、他人が上手くやり、成功していようが、そこまで関係ないと感じられるのです。

 

他人に嫉妬しやすく、ライバル心が強い人は、マウンティング癖があるので、人からは敬遠されがちになります。

 

常に、人と比べ、競争心が強く、「自分が自分が、上」だと意識し、相手にライバル心を燃やし、接するからです。相手の業績を認めたがらないということです。

 

私は、自分の専門外のことは他人から貪欲に吸収しようとしますし、その専門家(というか、私よりは詳しい人)も下の人に教えるのは気分が良いので、いろいろと教えてくれて、私自身の弱みというか専門外が強化されますし、相手もメリットがあるのでWin-Winなのです。

 

これが、嫉妬しやすく、マウンティング満載の人は、自分の専門外のことまで、張り合おうとするので、相手(専門家の人や自分より詳しい人)からは「なんだ、この浅知恵の人は」と思われる上に、嫌われ、教えたくなくるので、関わられなくなります。

 

自分の専門分野で張り合ったり、自説をなかなか曲げないのはありだと思いますが、専門外についてまで、張り合おうとする人は、マウンティング体質なのだと感じます。

 

私はあまり他人に嫉妬しないタイプなのは、自分の目指す像へ向けての自分との闘い優先なのと、自分の専門外については貪欲に吸収するので、マウンティング体質がそこまではないことが関係していると思います。

 

相手の業績もそれなりに認めますしね。もちろん、自分の仕事や専門分野で戦っているライバル相手には、私も一応、プライドを持って、張り合うこともあります。自分の専門分野や仕事などでは、なるべく上位にいきたいですし、そうしないと生き残れませんから。

 

ですが、自分の配偶者や、生活レベルのこと(家や収入や住んでいる地域など多数)で、他人をマウンティングしようなんてあまり思いません。「どこに住んでいるから」とか、「何の車を持っているから」とか「美人妻や彼女がいるから」とか、そんなことをいちいち、自慢しても仕方ないと感じます。

 

そんなことより、自分の目指す像に向けて、自分を完全体へ完成させるために、相手から、貪欲に吸収できる点は吸収した方が自分の利益になると感じます。相手の専門分野(私にとっては専門外)をいろいろな分野で多数から吸収すれば、私自身は多数の分野で詳しくなり、それこそ、私の目指す完全体へと近づきます。

 

ここで、自分の優位のある専門分野を誇って、マウンティングするより、自分の知らない分野を吸収する姿勢の方が、自分にとっては利益になるのです。

 

これは知識限定の話ですが、生活レベルのことで、自慢したり、話をするのは私は無駄だと感じます。というより、そもそも、私はグルメでも、豪華主義でも、旅行好きでもなく、知識を深めること以外(正確には、音楽とある程度の容姿の女性以外)、あまり興味がありません。

 

つまり、俗世界のことにあまり興味がないのです。自分の探究する分野において、新しい発見をするのが喜びであり、派手な車や家や、旅行やグルメや、服など、ほぼ強い興味はありません。

 

俗世界について興味があまりないので、その分野でマウンティングされても「それは良かったですね」ぐらいで、別に羨ましくもないのです。

 

さらに言うと、高学歴にも嫉妬はありません。どこかの超一流企業の肩書にも別に興味ありません。私は高卒ですが、高卒以上(というか、普通の大卒以上)のシグナルは手に入れていると思っていますし、超一流大企業以上のシグナルも手に入れていると思っています。(それは裏の世界での評価であり、影響力なのですが)

 

だからこそ、高学歴にも、超一流企業在籍にもそこまで興味はありません。したがって、高学歴や超一流企業を自慢されても「別にいいんじゃね?」としか思いません。

 

私の希望としては、読書と音楽と異性がいれば、最低限、OKなのです。「マウンティングされた」と怒っている人もたまに見かけますが、私からすれば、それほどのマウンティング行為とすら感じません。そもそも、俗世界に興味が薄いですから。

 

「マウンティングされた」と怒っている人は、そもそも、本当は、俗世界のことなどで、強い欲望があり、欲しているからこそ、羨ましくなるのです。

 

そういう人は自分に満足してないのでしょう。自分の欲しているモノが明確になっていて、それを手に入れていれば、他人の栄光や他人の持っているモノなど、そんなに目がいきませんから。

 

かといって、自分に完全に満足してしまうと、向上心がなくなります。私の言っていることは、私は知識面では渇望しており、まだまだ完全体には程遠いと思っているということです。仕事も同じです。

 

ですが、生活面に関してはそこまでの欲がないというだけです。知識や仕事で満足したら、停滞や低収入への道、まっしぐらです。私は、そこはまったく満足していません。常に、不全感でいっぱいです。(高学歴や超一流企業在籍にはあまり興味はありませんが、仕事や知識での成果は気にかけます。収入も1000万レベルは目指したいところです)

 

生活面に関しては、監視状態は不快ですが、それ以外は特に、問題ないということです。少しは、改善の余地も残ると思いますが、たとえ高収入になっても、そこまでの贅沢を追求するのか私は疑問です。

 

というわけで、最悪なのは、生活面への不満足がいっぱいで、それを解消するために高収入を目指す道です。これは生活レベルを上げることであり、生活レベルが仮に下がったら、不幸まっしぐらということです。

 

また、知識や仕事への姿勢が貪欲でないのなら、それは高いスキル構築にはほぼ至りませんから、高収入にはなかなかなりません。

 

高い生活レベルを求め、散財し、仕事へのレベルの追求はあまり高くない人は、要注意物件でしょう。

 

逆に、生活レベルはほどほどであり、仕事へのレベルの姿勢追求が高い人は、優良物件でしょう。

 

満足するとしても、仕事や知識に満足した人は終わりに近くなります。世の中、その分野で満足しない方が、成長できます。生活レベルの満足とは分けないといけません。

 

話がタイトルからかなり逸れましたが、こんな話でした。

 

以上です。