「経済人はエニアグラムでいう「成果主義者」が典型例である。」

「経済人はエニアグラムでいう「成果主義者」が典型例である。」というタイトルで論じたいと思います。

 

 

エニアグラムのタイプ3については以下の記事で散々、述べています。

 

以上の記事を基に、主張を書きます。

 

経済人とは「もっぱら経済的合理性のみに基づいて個人主義敵に行動する、とした(と想定した)人間像のこと」とあります。

 

自分の欲望に正直であり、「結果や成果こそ、全て」であり、自分の欲望や結果に結びつかない行動はほぼ全て排除する思考の持ち主です。これがエニアグラムでいうタイプ3の人です。

 

経済人と概念は似ていると思います。

 

しかし、普通は人間は不合理であり、経済人のように動かない、つまり、行動経済学という分野ができました。

 

なのですが、タイプ3は経済人に近い行動を取るのです。

 

NSAを暴露したスノーデン氏は、タイプ1と思われます。正義感や倫理観などを大事にしているからこそ、あのような自分に不利になる行動を取ったのでしょう。いわば、日本でいう「特攻隊」みたいなものであり、常人からは理解できない行動だと思います。

 

話を変えますが、勝間和代氏はGiveの5乗などの説を言っており、「与えまくれ」と言っています。

 

普通は、Give&Takeが成り立ってこそ、関係は成り立ちます。

 

私の人間関係のほとんどは(リア友除く)、私がGiveする割合が多いです。比率で言えば、私がGiveを7割、相手が3割くらいです。

 

または、過去、私に対して、「文章は神的に上手いが、話すのは下手」と言う人がいて、その人は英語が達者でしたが、私がGiveが9割、相手が1割ぐらいでした。

 

ある成果主義者はいいます。Giveをその人はかなり受け取る割合が高い人としか、基本的につるまないと。つまり、Takeするより、相手からGiveされる割合が高い人を探す、経済合理性を持っていると言えます。

 

そして、私は指摘したいのですが、私の方がGiveする割合が高いのに、相手が偉そうなのです。普通、Giveする割合が高い方が、立場的には上じゃないでしょうか? 

 

例えるなら、雇ってもらっておいて、社長に対しても横柄に接するのと同義です。

 

まぁ、その人からは私はIT系の情報と、サンプリングとしてデータを提供してもらっている2点で、3割のGiveをかろうじて受け取っていると言えます。

 

私も、Giveされまくる立場になってみたいとも思いますが、その立場は基本的に肩身が狭く、気を遣うので疲れます。なので、私が与えている割合が高い方が、楽なのかもしれません。

 

Giveをしてくれる勉強系の情報は、本やネットにいくらでも転がってますしね。

 

そういう本の著者やネットの情報提供者には感謝すべきです。Giveしてくれているわけですから。まぁ、本の場合、金銭関係が発生している場合もありますけどね。(図書館は別です)

 

話を戻します。

 

タイプ3は、起業家に向いていると言えます。目的、目標に合致しない情報や人は容赦なく切り捨てるので、無駄がなく、効率的だからです。ただ、弱者も切り捨てるので、嫌われます。ホリエモンのような人のことです。

 

たぶん、弱者や自分の目的や欲望に合致しない人たちは視界から外れて、相手にしないのでしょう。だから、人づきあいも好き嫌いが分かれ、万人に好かれる割合が極端に低くなります

 

成功者同士で集まる会などでは、そんなタイプ3も適合できるのでしょうが、一般層が集まる会やネットなどになると、嫌われたり、炎上します。

 

なぜなら、タイプ3の興味がない人にはタイプ3は冷たく対応するので、された側は腹が立つからです。タイプ3の興味があり、タイプ3に同じく関心がある人にとっては意気投合することもあるでしょう。

 

しかし、そういう人は、社交の場で人と合わせたくない、紹介したくないでしょう。経済人ですからね。

 

タイプ3の場合、利用価値がなくなったら、即切りすると感じます。また、「結果が全て」であり、自分のプロセスにおいての発言や態度の整合性など、ほぼ気にかけません。どんなにでかい言動をとっても、「結果がでれば良し」であり、「過去の言動も関係ないでしょ?」という立場です。

 

しかし、私はそういう「言い得」が嫌いであり、イライラするのです。「勝てば官軍」だから、プロセスの言動なんて、どうでもいいと思っているのでしょうね。ある人が恋愛において「成約率100%」とか言うのですよ。

 

どんなにイケメンでもあり得ない話です。これを言われて、「なるほど」と同意したら、バカです。これこそ、「言い得」です。言葉が軽すぎて話になりません。ここまで、言葉が軽いと、ほとんどの言葉に虚飾が含まれているのでは?または嘘が含まれているのでは?と疑いの目が向かいます。

 

普段から、言動が重い人は、その人の言葉は確信度が高く、信頼性があります。「本当のことを言っているんだろうなぁ」と思われます。しかし、普段から、言動が軽いと、仮に、本当のことを言っても、普段の言動が軽いことから、嘘か、虚飾が多いと思われ、信用度が下がるのです。

 

これは、致命的です。信頼、信用は何よりも大事です。しかし、普段の言動の軽さにより、その人に対する信用度は下がっているのです。

 

最後に、書きたいことがあります。

 

資源制約下という状態は本当にきついということです。恵まれた環境も、金も、人脈も乏しい状態を想像してください。

 

恵まれた環境下で結果を出すことはやりやすいです。しかし、資源制約下では、かなりハンデがあります。私が恵まれた坊っちゃん系が好きじゃないのはそういう理由です。まぁ、逆に言えば、ハンデや逆境を経験していない可能性が高く、もろいんですけどね

 

しかし、なんで、こんなに劣悪な環境でGiveだけする人生を送っているんだろう?とふと感じます。これだけ、Giveしたんだから、そろそろ報われてもいいはずですし、最低でも妬まれたり、恨まれる理由はないと思うんですけどね。

 

才能や遺伝的素質で妬まれているってことでしょうかね。坊っちゃんたちは、有利な環境下で過ごしてきたから、私のような劣悪な環境下に置かれたら、私並みの能力は身についていないはずです

 

坊っちゃんの環境が羨ましいですが、まぁ、逆に考えると、恵まれすぎているのもよくないかもしれませんねサバンナに解き放たれたら、免疫がなく、すぐにアウトの可能性が高いですから

 

以上です。