自分の感覚を信じずに、採用、マネジメント、起業などする奴のヤバさ

まず、以下の動画を見てください。

 

簡単に要約します。

 

 

ひろゆき氏の事例。

「どれくらい辛いか分からないモノ」を与えられて、それをひろゆき氏の過去の経験の蓄積から、「どれだけの辛さなら大丈夫か?」を分かっており、その自分の感覚値を信じて、結果的にOKだったという話です。

 

不確実の世の中で、自分の感覚に任せて判断できる判断軸があることの凄さをひろゆき氏は褒めてほしいといいます。以上、ここまで。

 

これは重要な示唆を示しています。

 

採用、マネジメント(上司などによる教育など)、起業などにおいて、「誰かが言っているから」とか「世間がそうだから」とか「成功者が言っているから」という理由で、物事を判断する人間になってほしくないという理由から、あのような今回の記事のタイトル名をつけました。

 

採用に関しては、AI採用などもあるように、コンピュータによるデータ分析の判断が人間を上回る可能性があるでしょう。

 

AIの精度が高い結果が既にでているものなら、自分の感覚じゃなく、AIの判断を信じた方がいい場合も多いと思います。

 

しかし、人間同士の意見の相違や議論などで、「誰かが言っているから」とか「成功者が言っているから」とか「結果を出している人が言っているから」というような論拠付けで、物事の主張をする人は私は残念な人だと感じます。

 

どれだけ「自分の感覚を信じてないんだろう」と思うからです。

 

例えば、本の評価において、ある人に評価を聞いた際、「売れているから」とか「世間のレビュー者はこう言っているよ」なんて意見は私は聞きたくないのです。その人は実際に読んで「どう感じているの?」を聞きたいわけです。

 

その本に対する周りの評価なんて、Amazonレビューがたくさんついている場合、それらを見れば事足ります。そんな意見を聞きたくて本の評価の質問をしているわけではありません。その人自体は「どう思ったのか?」を聞きたいだけです。

 

起業に関しては、まだイデアの企画ビジネスモデル自体や、経営の実行面(マネジメント含む)は、AIには無理です。人間に分があります。

 

そう考えると、起業の際に、自分の感覚を信じないで、「他人や世間がこう言っているからやろう」では、果たして成功するのか?大いにに疑問です。なぜなら、起業、経営こそ、日々の判断力が常に求められており、そのたびに「誰かの助言を聞くのですか?」と問いたいからです

 

もちろん、信頼できる参謀に相談はある程度はありでしょう。ですが、毎回、参謀任せの判断であるなら、その経営者、起業家の存在意義は何なのでしょうか? 最終意志決定にリーダーの存在意義はあるのに、参謀の意見だけを採り入れて、意志決定していたら、単なる調整役の存在でしょう。

 

信頼できる参謀の意見を聞くことは大事です。ですが、リーダーたるもの、日々の意志決定力は磨くべきです。つまり、どの参謀の意見が信用に値するのかを見極め、採り入れる意見は採り入れ、却下する意見は却下する判断力、感覚です

 

意志決定力、判断力こそが、世の中の生き残りの成否を分けるケースは多いです。

 

AIの判断力が天才をも超えたなら、AIの判断力を信じた方がいいです。将棋や囲碁の世界では既にそうなっています。

 

世の中、その分野において経験量が多い分野においては、その人の判断が正しいケースが多く、任せた方がいい場面も多いです。

 

自分の経験量が少ない分野においては、誰か主張の精度が高い人の意見を聞くのはある程度、大事だと思います。その判断軸がどれだけ構築できるか?がその人の能力でもあります。

 

ともかく、自分の感覚(審美眼など)を経験量(直接経験と間接経験(読書など))と学習能力 

(どれだけ、反省点を改善できるか)などで磨き、判断力、意志決定力を磨く努力を怠らないことが大事と言えるでしょう。

 

以上です。