天才の創造性と性格のギャップが異常という動画について

「天才の創造性と性格のギャップが異常という動画について」というタイトルで論じたいと思います。

 

まず、以下の動画を見てください。

 

 

今回は、要約はせず、茂木さんの解釈と私の解釈を混ぜて、私の主張を書きたいと思います。

 

茂木さんはモーツァルトラマヌジャンの創造力(音楽的、数学的)が、今後の人口知能の世の中では、重要な能力になると言っています。(モーツァルトラマヌジャンアインシュタインなどを例に出していますが、一般的な創造力も含むのでしょう)

 

創造力がある人はいわゆる天才なのですが、天才の人格と天才が生み出したプロダクト(成果物)には本物の天才ほど、ギャップが見られるといいます。

 

モーツァルトは天才的な曲を量産しましたが、一方でプライベートでは「なんで、こんな人が天才的な曲を作れるんだ」と思われていたようです。(いわゆる、卑猥なことや下品なことが好きだったのです)

 

これは、私は当たり前だと思っていて、以下の記事に書いています。「仕事≠学力(高学歴)≠人格の公式」というタイトル記事です。

 

仕事も、学力も、人格も全て、別物ということです。そう考えれば、天才といえども、人格まで素晴らしいわけじゃないことが言えます。(アインシュタインも劣等生でしたし、学歴的にはイマイチでした)

 

また、仕事とプライベートは別である人は多いと思います。仕事の鬼みたいで、成果を出す人が、プライベートまで鬼であるかは不明です。プライベートでは別の面を見せているかもしれません。

 

私は常々、感じているのですが、仕事では一緒にやるなら有能なんだろうなぁという人でも、プライベートまで付き合いたくないという人はいます。逆に、プライベートでは付き合うと楽しい人なのに、仕事だと甘い箇所が多く、一緒にやったら、負担になるのだろうなぁと感じます。

 

このように、仕事とプライベートでも別ものです。モーツァルトが仕事で天才だとしても、プライベートまで付き合いたい人格者なのかは別物なのです。

 

次に、天才はどうしてあのような創造力を持ち、成果物を出せるのか?を現在の脳科学では解明できていないそうなのです。これが、解明されれば、皆が、モーツァルトラマヌジャンになれると言います。しかし、難しいようなのです。

 

創造力は、無意識下の動きであり、脱抑制であり、電子レンジにインプット物を入れれば、チンとなって、成果物ができてしまうという流れ(システム)なのです。これが脳の中で起きているのです。

 

創造性を生み出す脳の特性、システムが未解明なわけです。脳の編集のプロセスが不明なわけです。ゼロから、生み出せる人はいないので、何か過去のインプットがあった上での創作物なわけです。

 

また、茂木さんは、その日常の過去のインプットとその人の人格と、その人が生み出した創作物のギャップがあまりに大きいとどんな飛躍を遂げて生み出されたのか?不明であり、それこそ天才だといいます。

 

普通、インプットが平凡であり、飛躍もなければ、成果物も凡庸になります。天才が天才たる所以は、膨大な?インプットを飛躍させ(編集し、加工し)、成果物が凡人にはとても思いつかない領域になっている点なのです

 

普通の人の成果物は、元ネタが分かるくらいのレベルであり、飛躍がなく、凡人が思いつかないレベルにはならないのです。

 

この科学的な解明ができて、なおかつ、自分たちにも適用できるとなれば(解明されても、適用できるとは限らないので)、皆、モーツァルトラマヌジャンになれると言います。

 

いろいろなクオリアを知っているというのが、創造性を生み出すための必要条件だといいます。音楽でも、レパートリーをたくさん知っているのは最低条件でしょう。そこから、斬新な曲がどうやって生まれるかどうか?のプロセス(編集、加工)システムが、不明なのです。

 

創造力を鍛える仮説は、記憶のアーカイブを豊かにすることと、感覚(喜怒哀楽ではない。真善美や、審美眼かも)を大事にすることでしょうか。

 

科学的な発見のほとんどは、偶然の出逢い(セレンディピティ)により、生まれており、セレンディピティをどう活かし、増やすかは大事でしょう。

 

アインシュタインの脳は、凡人と比べて、細胞の密度が濃かったようです。コンピュータのCPUが10倍になっても、それを動かすシステム自体がどうなのか?まで見ないと、天才の脳を解明できないのでは?と。

 

科学者や技術者は、偉業を成し遂げれば、「この道、何十年」なんて期間で測る必要はないといいます。ニュートンはわずか1年の努力で、偉業を達成したそうです。若い頃にアイデア自体は思いついていたのですが、40歳ごろになると、他の人が成し遂げそうだったので、「ヤバい」と思って1年で書き上げたそうです。

 

「いつも、規則的で同じ話しかしない人」や「まったくの脈絡なランダムな話」をする人は嫌われます。人間は、「ランダムすぎもせず、規則性もほどほどにある」という微妙な会話ができるのです。つまり、柔軟性があるのです。アドリブが効くとも言えそうですね。(中には、アドリブに弱い人もいますが)

科学や音楽の天才はそんなにすごくなくて、宗教的な天才は凄いといいます。 (ブッダとかね) 宗教は使い方を誤らなければいいモノだと茂木さんは言います。

 

最後に、動画で、ものすごい変人が出ています。正直、笑ってしまいました。起業も1000に3つぐらいしか成功例がないです。最後に出てきた変人は相対性理論に喧嘩をふっかけて、自分の方が凄いアイデアを持っているとアピールしだし、その理由が「コネがないので、知られるきっかけを作りたかったから」だそうです。

 

茂木さんは、ほとんどの科学的偉業が生まれるまでには多くが埋もれていくので、その変人のことを「もっと世の中を知った方がいいんじゃない?」と言ったり、「なぜ、このような場で、そういう説明をしているのか、そういう、その人の立場(必然性)に興味がある」と言ってました。

 

まぁ、「本当に優秀で、画期的な発明であるなら、誰かにとっくに見出されており、今、茂木さんとの会話で、わざわざ説明しているわけがない」と茂木さんは考えたのでしょう。

 

茂木さんは、こういう変人に、もしかしたら、アインシュタインがいる可能性があると言ってましたが、猜疑心はさすがにあったようです。天才って完全なる外れ値ですからね。

 

私のことを学歴などで門前払いした引用をお互いつけずに、参考にしているブログ主のK氏という人も、私が外れ値なんて思いもしなかったでしょうし、普通はこういう対応を取るでしょう。

 

採用や人の見極めって難しい証左ですね。

 

以上です。