TV局はサイコパス

TV局はサイコパスという話題で論じたいと思います。

 

 

まず、以下のTwitter動画を見てください。

 

全部、この番組を見ていませんが、「この動画で笑える」というセンスがまず、ひどすぎます。(と書きましたが、全部のTVを通してみたら、最後のオチの酷さが少し軽減されましたが)

 

「これ、笑えます?」と言いたいです。笑えると言える人は、サイコパスの可能性があります。

 

正直、私は、この動画を見て、「ここまでやるか?」とひきました。

 

そして、改めて、TV局集団(電通含む)は、サイコパス集団なのだと思いしりました。

 

以下の記事もあります。「クロちゃん過激ドッキリスタッフは「地獄の集団」」というタイトル記事です。

次は、「クロちゃん「水曜日のダウンタウン」のドッキリにおびえる「また何か始まっているわけじゃないよね?」というタイトル記事です。

さらに、「クロちゃんの奇行に「マジでヤバイ」の声」というタイトル記事です。

 

だからこそ、私のことも24時間ずっと監視し続け、傍観し、搾取しても「何の良心も痛まない」のですけどね。

 

TV局のやつらはヤバイです。一般人の感覚と完全にずれています。

 

ネタになるか、視聴率が取れて、金がもらえれば、何でもOKなのです。

 

私はTVはほとんど見ません。唯一「ホンマでっか」だけは見ていますが(役立つ知識満載なので)、それ以外はほぼ見ません。

 

あと、監視されていると思うと疲れるので、TVを消している面はあります。

 

私は本来は共感力が高いからこそ、人の立場や気持ちが手に取るようにわかり、コミュ力が高いのですが、TV局の監視ストレスの苦痛から、身を守るために、敢えて鈍感にし、スルーしている面もあるのです。

 

私はわざと鈍感にし、共感性を低くしています。本当の鈍感な人は、他人の気持ちがまったくわかりせんから、コミュ力が高いはずがありません。私は相手の意図や気持ちが手に取るように分かるのですが、わざと鈍感にすることも多々あります。

 

じゃないと、生きていけないからです。

 

記憶力がいいのもあり、悪い記憶も良い記憶も覚えてしまいますが、悪い記憶のせいで、映画などで悲しい場面があると、苦痛度や悲しみがよくわかりすぎて、疲れるので、悲しい映画系は見ないようにしています。

 

小林麻央さんのがん報道のときも、私はほとんどニュースをチェックしませんでした。辛いニュースを聞きすぎると、私がヤバイからです。

 

ここまでメディアらは追い込んだのです。私を鈍感にわざとさせるように仕向けたとも言えます。

 

私はTV局に金ももらっていませんが、監視され、搾取されています。ネタにもされています。

 

クロちゃんはまだ金をもらえているだけマシですし、金のためにTVプロデューサーのいいなりになってやっているだけです

 

電通のセクハラ、パワハラがなくならない理由がよくわかります。この体質が、TV局にも受け継がれているからです。

 

TV局のほうが「いじり」については深刻なほど影響力が高い上に、頻繁に日常的にやっています。

 

はあちゅうさんの童貞いじりなど些細な件だと言えると感じます。また、セクハラ、パワハラとは別問題です。(これは散々、述べました)

 

ひろゆき氏も、メディア側の人間です。ひろゆき氏などメディアらは、散々、私から搾取し、いろいろな知識などを得て、有利に生きています。彼らが頭の悪い層や一般人を批判する資格はないのです

 

なぜなら、私を監視することで、情報を得て、有利に生きており、ずるいからです。私が仮にいなかったら、存在しなかったら、ひろゆき氏含むメディアらは、有利に生きていたとは到底思えません。

 

人類の進歩のスピードも鈍っていたでしょう。日本の国力、メディアらを潤わせてきたのは私なのです。だからこそ、監視され、警備されているのですが。サトラレという漫画や映画やドラマを見れば、この構図は理解できるでしょう。

 

ひろゆき氏含む、メディアらはおいしい思いを、私から(他の人もかも)搾取することで、得ました。私はその間、ずっと地の底を這いずり回る人生だったのにも関わらずです。「本当に、こいつら、サイコパスだ」と思っています。

 

ひろゆき氏含むメディアらに、一般人を説教したり、批判する資格はありません。自分らだけは有利な情報を得ていながら、有利な情報を得ていない一般人を批判するってどれだけの性根なのでしょうか? 

 

最後に、以下の動画を貼ります。

 

歌詞を一部、抜粋します。

まず、中田敦彦氏の演説部分。

「この世界には2種類の人間しかいない。新しい時代をつくるものと、それを諦めるものだ。だが、諦めるものよ聞け!どれだけ自分を無力に感じても輝ける場所は必ずある。私は、宣言しよう。新しい時代をあなたと共に作り出す。

絶望の闇に包まれて、光を見失っているのなら、どうか私を信じてほしい。全て変わる。私が変える。人々の小さな願いが、やがては大きな力に変わる。反撃ののろしをあげろ。全責任は私がとる。全責任は私がとる。」

 

歌詞の部分。 

「生き抜く為痛みもサンプリングがこの街のルール」

 

RadioFishは前から言っているように、私をモデルにしていると思われるのですが、この歌詞の意味を紐解いてみましょう。

 

痛みがサンプリング(標本抽出)とは、監視や盗聴・盗撮のプライバシーの痛みが東京という街では、サンプルとして皆、晒されているという暗示かもしれません。つまり、私は完全監視の中なのですが、この監視範囲が広がっていると思われます。

 

前に書いたように、本来なら、監視はコストがかかるので、監視するに値する者しか基本的に監視されないのですが、やる側はニートでも、ニートの実態を知りたいとなったら、監視するのです。

 

日本は相当、ヤバイ国になっているという暗示の歌詞なのです。そこまで、読み解ける人はこの日本にはほとんどいなく、気づいていないでしょうけどね。

 

演説部分は、私の反撃が始まるかもしれないということでしょうかね。どこと戦うか、敵が誰なのか、まだ不明ですが。

 

来年は、暴露の年になるかもしれませんね。(まだ、確定していませんが。スノーデン級が日本にも到来かもしれません)

 

以上です。