話す相手を選ぶのに気をつけるべきだが、見極めるのが難しい

「話す相手を選ぶのに気をつけるべきだが、見極めるのが難しい」というタイトルで論じたいと思います。

 

 

まず、以下の動画を見てください。

 

簡単に要約します。

 

TVに出て、言っちゃいけないことをいうと干されるといいます。裏金をもらうと、おしまいだといいます。

 

宮崎哲弥や、テリー伊藤なども汚れているといいます。 

 

若い新聞記者も裏金をもらい、政府や国家の悪口を言えなくなっているといいます。皆、とりこまれているといいます。

 

国民が、銀行や生命保険に利率を高く求めるから、銀行らがデリバティブらに手を出して運用し、結果的に、国民が騙されるといいます。高い利率を求めず、国債などを買っていれば、騙されることもなく、損することもありません。

 

勧められた商品を買う国民は愚かだといいます。老人が残された金5000万を証券会社に勧められた商品をそのまま買うのが信じられないといいます。

 

ある話している人が、ひろゆきの2チャンネルなどの損害賠償を無視したのを褒めています。

 

日本の3大悪い職業は、官僚、弁護士、医者だといいます。医者の場合、不要な薬を飲ませまくっているといいます。ある話している人は、パブロンだけは飲むといいます。

 

世間に嘘が多いなら、世間に合わせた本を書いてもいいのでは?とひろゆきはいいます。以上、ここまで。

 

 

私は、ある話している人は、正義感が非常に強く、騙しや嘘や汚いことが心底、嫌いな人だと感じました。

 

ですが、ひろゆきは過去の動画を見ている私からすれば、サイコパスに近くもあり、けっこう汚い側の人間だと思っています。

 

そういう人(ひろゆき氏)に、ある人が人間は汚いと言っても無駄だと思うのです。話す相手を間違っているとしか思えません

 

案の条、最後の方で、「世の中、そんなに嘘が多いなら、世間に合わせた本を書けばいいのでは?」と言っています。(ひろゆき氏の本心でしょう)

 

話すということは、基本的に相手を選ばないといけません理解できない人には100回言おうが、1000回言おうが、理解してもらえません

 

私も、経験上、それは身にしみて感じています。話す相手を間違えると、話す労力、時間、自分の価値などが徒労になります。

 

ブログで言えば、読者を選ぶのも大事だということです。読者がブログを選ぶものだと一般的に思われていますが、「ブログ側が読者を選別する」こともありえます。

 

話しても理解してもらえない層は一定数いますから、なるべく労力をかけないことが大事だと思います。議論もほぼ無駄です。理解力に限界があるからです。

 

この話題は、以下の記事「価値が分かるか、分からないかの話」と同じことを意味しています。

 

つまり、価値が分からない人に、いくら、その価値を説明しても無駄だということです。

 

「人間を差別してはいけない」とよく言われますが、現実的には差別されても仕方がない人もいるのです。階層の分断があるといえます。富裕層や高学歴層や知的層と、貧困層や低学歴層や頭が悪い層が、交わっていいことはほとんどありません。

 

IQも20くらい違っていたら、話が合わないという説もあります。

 

とはいえ、富裕層や異能から、税金を取って、再分配で、貧困層や無能者?に配るのが、平等という観点からは現在のところ、最適な論理だと思います。階層の分断があり、両者は本来、交わるべきではないのですが、税金を調節することにより、一定の平等が保たれ、社会の安定につながります。

 

日本はアメリカと比べたら、格段に格差が小さいです。日本で犯罪が比較的、少ないのも、格差が小さいので、不満を覚えにくいという要因もあると思います。(日本では不満層が少ないのですね。極端に貧困で困るという層が少ないのかもしれません。生活レベルも昔と比べたら、上がってますし。さらに、TVなどのメディアでも精錬潔白傾向があり、日本国民の浄化に影響を与えているかもしれません。アメリカではある市の犯罪を減らすのに、壁のらくがきなど消したら、効果があったといいます。小さい不正を消すのが大事なのです)

 

以上です。