書評「AIが神になる日」

書評「AIが神になる日」

 

 

 

 

Twitter書評は以下です。

「AIが神になる日――シンギュラリティーが人類を救う」 3.5点。正直、私はムーアの法則の終焉に見るように、シンギュラリティは来ないと思っているので、評価を下げた。それでも3.5点をつけたのは、教養として内容が濃いから。哲学が好きな人は面白く感じられるはず。

 

以下、気になる箇所を抜粋します。

 

医者や弁護士とAI。

したがって、AIは、マニュアル通りに働く下級職のような仕事よりは、むしろ、高度の知識と判断力が求められる職種に向いているでしょう。医師や弁護士のような専門職や、企業の管理職や経営者、さらには政治家や経済政策の立案者の仕事は、今後大幅にAIに取って代わられる可能性があります。

 

医師は何をしているのでしょうか?患者をよく観察し、問診し、最新の機器や薬品を駆使して様々の検査を行い、その結果を自分の頭の中にある知識(学校で学んだものや、これまでの診断の経験から学んだもの)と組み合わせて、「処置」を決めるのです。「処置」とは、「生活指導」と「薬物の処方」、それに「外科的処置」です。

 

AIはこのすべてを、どんな経験豊富な医者よりもうまくできるでしょう。とにかく知識と情報量が、世界中のすべての医師の知識を合わせたものに匹敵しており、しかも絶対に「見落とし」はしないからです。外科手術も、精密な様々のロボットが開発されれば、どんな手術の名人よりもうまくできるでしょう。人間の目では識別できないものまで識別し、1ミクロンの誤差もなく、それを切ったり避けたりできるのですから。

 

弁護士も然りです。アメリカの法廷もののドラマなどを見ているとよく分かるのですが、弁護士の仕事は、「あらゆる関係法規や過去の判例を熟知していて、これを自在に適用して弁論をする」ことです。有能な弁護士ほど情報量が多く、そのうちのどれが使えるかを探し出して体系付けるのがうまいのです。

 

しかし、このような有能な弁護士といえども、世界中のすべての法規と、これまでのすべての判例を洩れなく記憶していて、そのうちから使えるものを秒速で選び出す能力を持ったAIには、とても太刀打ちできないでしょう。

 

それだけでなく、人間の心理を完全に理解しているAIは、陪審員の心をとらえる弁論の方法を考え出すという点でも、大きな能力を発揮するでしょう。もちろんロボットが法廷に立つ必要はなく、人間の弁護士とペアになって仕事をすればよいのです。それを、「人間がAIを使って仕事をした」と言うか、「AIが人間を使って仕事をした」と言うかは、どちらでもよいことです。P36、37。

 

政治と経済はAIの得意分野。

ここまでは専門職の話ですが、政治、経済、ビジネスの分野での高度な仕事についても、当然同じことが言えます。「最適経済モデルの策定」や「民意の最大公約数の把握」といった政治・経済の重要な課題も、AIにやってもらえば格段に質が上がり、かつ迅速にできます。

 

現実問題として、民主主義の実現には、AIの助けがどうしても必要になるかもしれません。民主主義の目標は「最大多数の最大幸福」でしょうが、このために必要な政策を多くの選択肢の中から弾き出し、すべての人を納得させるのは極めて困難で、ほとんど不可能と言ってもよいと思われるからです。

 

優れた政治家がいかに公正な判断をしたとしても、自分の欲求が満たされなかった人たちは「この決定は恣意的になされたもので、公正ではない」と必ず抗議するでしょう。しかし、多くの実績を通じて、「AIは無私だ」という一般認識がもしその時点ですでに確立されていたなら、「AIがあ最適とみなした施策」には、なんびとといえども異を唱えるのは難しくなるでしょう。

 

さらに、現在多くの人たちが感じ始めているのは、「政治家は選挙に勝つためにポピュリズムに走り、長期的利益なんかには誰も目もくれなくなる」「結果として、民主主義体制下の人々は、間違った政治的選択をし続ける」ということではないでしょうか?

 

この「民主主義が常に抱えてきた最大の問題」についても、おそらくは「AIが唯一の解決策」という結論になると、私は思っています。それ以外の解決策が一向に見当たらないからです。略。P38、39。

 

以上の記事は私のnote有料商材と内容がほぼかぶっています。

 

また、以下の記事にも似たような内容が載っています。「松原仁 政治を人工知能に委ねる可能性」というタイトル記事です。

 

続けて、抜粋します。

つまり、人類の将来には、基本的に3つのシナリオがあり得るのです。第一は、自らが生み出した凶悪な技術で自らを滅ぼしてしまうこと。第二は、自らが作り出したAIに自らを支配させ、これによって自らの存続を守ること。そして第三は、たまたま他の宇宙空間から飛来してきていたAIの好奇心によって、幸運にも破滅寸前に救われることです。そして、そのいずれかが起こるのは、もうそんなに先のことではないと思われます。P56。

 

世界の四大宗教。

ここで、世界の四大宗教である、キリスト教(推定信者数二十億人強)、イスラム教(同十六億人)、ヒンズー教(同九億人)、仏教(同四億人)の4つについて俯瞰してみましょう。この4つの宗教だけで、合計約五十億人に近く、地球の総人口の80%近くになるのですから、それがどういうものであるのかを知っておくのは重要だと思います。P69。

 

インド亜大陸に東北部で接する東南アジア諸国は、仏教とイスラム教に二分されました。ミャンマーベトナムやタイでは仏教が栄え、インドネシアやマレーシアではイスラム教が根付きました。(ただし、バリ島のようなインドネシアの一部の島では、仏教が残存しています。)

 

フィリピンの南部にもイスラム教が若干根付きましたが、北部にはいずれの宗教も上陸できなかったので、その後にやってきたスペイン人がカトリックを根付かせました。

 

仏教は、この東南アジアルートだけでなく、ネパール経由でチベットへ、そして、それよりも前に、西域諸国経由で中国にも浸透していきました。中国からは朝鮮半島や日本列島にも伝播し、「大乗仏教」として大きな華を咲かせました。中国や朝鮮では儒教勢力に押されましたが、日本では土着宗教だった神道と共存できました。P76、77。

 

ところで、現在十数億人の人口を抱える中国大陸の全域を支配している共産党政権は、もともと宗教を認めない唯物史観が国是ですから、中国国民の大部分は、やはり「無宗教」と考えるべきでしょう。そうでなくとも、中国人は全般的に現世での物質的な繁栄を求める気風が強く、聖人とされている儒教の開祖の孔子も、「鬼神を語らず(自分でも理解できない「超人的な力を持つもの」について語る積もり(つもりの誤植?)はない」と素っ気ないのです。

 

このことを考えると、前述の「世界の総人口の80%が四大宗教の信者」という統計には、大きな疑問符をつけざるを得なくなります。P77、78。

 

 一般論をいうなら、「哲学」の対象は、大略左記の4つに大別されます。

第一は、「この世界とは何なのか?」「自分はなぜここに存在しているのか?」という「根源的な疑問」に関するもの。

 

第二は、「人間とは何か?」「自分は他の人間(あるいは、それが構成する社会)とどのように関わっていくべきなのか?」という「人間」に関わるもの。

 

第三は、「自分はどう生きればよいのか?」「何が大切で、何が大切ではないのか?」という「自分の価値観」に関するもの。

 

そして、第四は、「この世界はどうあるべきか?」「そのために自分は何をするべきか?」という「自分の世界観」に関するものです。(「自分の世界観」は「自分の価値観」の発展系とも言えますし、一つの構成要素であるとも言えます。)

 

「倫理観」や「道徳観」、「社会思想」や「政治思想」は、すべてひっくるめて、この「第四のカテゴリー」の中に含まれます。P167、168。以上、ここまで。

 

哲学的な内容や教養を深める本としては有用だと感じました。

 

シンギュラリティが来るかについては私は正直、半信半疑です。 

 

 引用・参考文献。