現状分析と解決策について

「現状分析と解決策について」というタイトルで論じたいと思います。

 

世の中のことについて意見を述べる場合、現状分析をまずして、そこから解決策や提案や提言を述べるという形を取るのが普通でしょう。

 

 

しかし、中には、現状分析にとどまっている主張なのに、その人の意見だと勘違いして捉える人がいます。

 

例えば、ある人との会話で、猟奇殺人の話をしました。

 

猟奇殺人について私が、仮説を述べました。猟奇殺人を犯す者は外れ値であり、世の中にはこういう人もいると。そして、私の仮説ですが、昔は戦争が当たり前であり、戦争時代には殺人を犯す者が有利に生き残ってきたと。

 

そして、そういう殺人に快楽を覚える者は有利に生き残り、その遺伝子が受け継がれて、たまに猟奇殺人に走る者がいるのでは?という推測です。普通は、遺伝子や本能があっても、良心や理性で抑えるのですが、それも抑えられず、衝動的に殺人を犯してしまう人も中にはいるということです。

 

こう言ったら、ある人は「でも、遺伝的におかしいからといって正当化すべきじゃない」と言ったのです。ですが、私は単に、現状分析を述べただけであり、「世の中とはこうなっているのではないか?」という説なわけです。

 

そこには「殺人を犯すべきではない」という価値判断や倫理などは私は言っていません。現状分析と価値判断や倫理は別なのです。

 

または、現状分析と解決策が別とも言いかえられます。

 

例えば、少子高齢化で日本はこのままの推移でいけばこうなるというのが現状分析であり未来予測です。その現状分析から、ではどうしたら解決できるか、良い方向に持っていけるのかを考え、提言するのが解決策です。

 

この2つは別です。これも理解しないといけません。

 

私は恋愛論を語るときがありますが、あくまで「世の中はこうなっているよ」という現状分析にとどめており、「したがってこうした方がいい」という価値判断や解決策とはまた別です。

 

この2つがごっちゃになってわからない人がいると、現状分析しか言っていないのに、「あなたはそんな主張でいいいのか?」という反論が来ることになります。

 

また、事実と解釈は違います。

 

事実はこうなったという起きたことです。例えば、誰かに舌打ちをされたという事実があります。対して、解釈はその事実に自分が意味をもたせることです。舌打ちされたことをプラスに考えるのか、マイナスに捉えるのかでストレス度は変わってきます。

 

さらに、事実とは猟奇殺人が起きたということであり、そこに私の解釈(快楽殺人の遺伝子を持っている人が生き延びやすいから、そういう人が稀にいる)を合わせて、現状分析(猟奇殺人は殺人快楽遺伝子を持つ潜在層の中で理性を抑えらなかった人の事件)という話につながります。

 

ではどうやったら、猟奇殺人を減らせるか?や猟奇殺人はいけないことだなどの、解決策や価値判断や倫理は別物です。

 

この違いは理解しておく必要があります。

 

最後に、最近、私と相手がお互いに引用元をつけないブログ主の話をしており、2回連続でパクられた疑惑が浮かんだのですが、今回、3回目かもしれません。

 

ですが、その人のブログで一文だけしか使われていないですし、現状分析と解決策なんてアイデアは普通の人なら、思いつく気がします。

 

よって、3回目とはいえ、今回も偶然でしょう。アイデアは似るものですねー。ま、現状分析と解決策なんてアイデアは陳腐というか、当たり前の概念ですからね。

 

今回もまだ偶然の範囲内と思っています。

 

以上です。