文字通りに受け取るな!

「文字通りに受け取るな!」というタイトルで論じたいと思います。

 

「文字通りに受け取るな!」とはその通りの意味です。

 

 

つまり、その人の文章にせよ、会話にせよ、そのまま文字通りに受け取るな!という意味です。

 

例えば、以下の記事を書いたところ、MARCH層から電話がありました。

 

 

「ローパフォーマーを使いこなす」ってどういう意味?と聴かれたわけです。ですが、使いこなすというのはあくまで一つの言葉であって、対応するとか他の言葉にも置き換えられます。

 

また、私の書いた記事では主にマネジメントですから、上司が部下のローパフォーマーを使いこなすという意味合いが強いですが、別に、これを同僚が同じ同僚のローパフォーマーへの対応と考えてもいいですし、部下から上司のローパフォーマーと言い換えてもいいわけです。

 

「使いこなす」という一義の言葉に別にとらわれる必要はありません。同僚から同僚や、部下から上司への言葉なら、ローパフォーマーに対応するに言い換えればいいのです。(ちなみに、MARCH層の人とは疎遠になりましたが、疎遠になるちょっと前の話です。そのときに書いた記事なので)

 

理系やプログラマーなど、厳密な世界では言葉の意味に非常に注意を向けます。しかし、そこにとらわれるのは理系の強みでもあり、弱みです。文系は比較的、曖昧さに対する許容性が高いと思われます。だからこそ、コミュ力が高い人が理系より多いと思われます。

 

コミュニケーションは文字通りに受け取ってばかりいてはダメなんですよ。相手だってたまに間違えることがあるわけであり、相手の真意や本音は何なのか?言外から読み取らないといけません。

 

大前さんに対して、以下の記事で、「固有名詞の羅列より、数字や論理力重視すべし」と書きました。

 

固有名詞の羅列は頭をよく見せるテクニックです。それより、数字や論理を重視した大前さんの本を私は絶賛し、私が影響力があるとすれば、大前さんはその言葉を文字通りに受け取っていたかもしれません。

 

ですが、そこはさすがに一流コンサルタントだけあります。大前さんの最近の週刊ポストの記事では固有名詞の羅列は変わっていませんでした。そして、私が受けた感想は「固有名詞の羅列はよく調査した、調べた」という印象を与えるなぁというものです。

 

そういう手の込んだ記事という印象を与えます。基本は数字と論理重視がいいと思いますが、別に固有名詞羅列路線を完全に捨て去るべきではないなぁとも感じました。やはり、大前さんはそこが分かっており、言外の意味を読み取っていたわけですし、自分なりの判断軸があり、それを信じて記事を書いているのです。

 

また、アスペルガーの人は文字通りに受け取りがちです。だから、皮肉も理解できないわけです。世の中、言外の意味はたくさんあります。すべての表面上の言葉だけが本質じゃないのです

 

これは、世の中全般にも当てはまります。歌手の宇多田ヒカルさんは歌詞の中で、こう歌っています。道というタイトルの曲の歌詞ですが「目にみえるものだけを信じてはいけないよ」という一節です。

 

これはかなり深い一節です。世の中の真実や歴史とは、表面上の史実とは違う場合があります。きちんと表には発表されていない暗黒な部分や裏背景があるわけです。

 

桶狭間の戦いも、最近は再検証されているようです。以下の記事に載っています。

 

つまり、表の公式に発表されている目に見える世界だけがすべてじゃない、真実じゃないのです。この表の世界を「文字通りに受け取っている人は多い」と思われますが、それこそ、言外の意味を読み取らなければ、真実にはたどり着けません。

 

また、世の中には本音と建前があります。特に、日本社会ではその傾向が強いです。建前というものは世の中を上手くいかせる円滑湯です。

 

しかし、文化の違いにより、この日本の建前と本音の使い分けが欧米には理解されにくいようです。

 

日本では「検討します」や「考えておきます」は、断りの意味合いが強いですが、欧米は文字通り受け取ります。で、考えておくといったのなら、本当に考えていると思って、時間を開けて聴いてくるのです。

 

台湾などの大陸系の国は本音で言葉を話すようです。欧米より酷いと聞きました。本音をそこまで言ったら、直球ですから、日本社会では嫌われて上手くいかなそうです。

 

建前の言葉を文字通り受け取ったら、日本社会では上手く世渡りできません。

 

このように、文字通りに受け取るというのは、日本社会では特に致命傷です。言外の意味を読み取る訓練をしなければなりません。相手の本音がどこにあるのかを探る嗅覚が必要なのです。

 

それができるのが日本社会でのコミュ力の高い人であり、建前の言葉や目に見えることだけを信じる人は真実も本音も何も分かっておらず、コミュ力も劣ると思われます。

 

今回の記事は文字通りに受け取ってきた人には衝撃的だったかもしれません。人の言葉も文字通りに受け取り、歴史や目に見えることや表向きの発表などを信じてきた人には衝撃的だったかもしれません。

 

しかし、世の中とは実は、文字通りでもなく、目に見えるものだけが全てではありません。表向きの歴史の裏には、かなりの隠された、または暴かれていない、発見されてないし、発表されていないドロドロした暗黒な部分があるのです。

 

また、例を出します。美談というものがあります。感心な行いなどを内容とする美しい話。とあります。美談の例でいえば上杉謙信が敵の武田信玄に塩をおくったという逸話です。以下の記事に詳しく書かれています。

 

【1月11日は塩の日】 本当は美談じゃなかった!?「敵に塩を送る」のウラ話 | 歴人マガジン


美談が真実なのか、または裏の背景まで真実なのか?を探ることは大事です。なぜなのかというと、美談が真実だと思い、現在の世の中で同じことをしても、その美談そのもの(背景含む)が嘘だったとしたら、現在でも通用しないので、間違った行為を行うことになるからです。

 

世の中は、裏の手法や背景まで知り尽くした上での行為が重要なのです。表向きの発表や歴史や美談などを、現在に持ち込み、使っても成果は挙げられません。虚構だからですね。

 

こういう意味でも、文字通りに受け取ることの危険性がわかります。

 

また、成功者の手法も、その人の特殊要因から成功したのか?まで探らないといけません。その人にしか通用しない、できない手法だったのかもしれないのです。その場合、真似ても、表面上だけなので、上手くいかないのです。

 

その人のやり方に合うようにカスタマイズして成功法則や手法を使わないといけません。これが、模倣は所詮、模倣であると私が言う所以です。以下の記事に書いています。

 

さて、私はなるべく本音をブログで書いています。嘘を言うと、あとで検証されたとき、厄介な問題になりそうなので、正直に書いています。というわけで、私のブログは本音情報であり、だからこそ、読者にとって有用になると思っています。

 

以上です。