人間の論理と感情は別

まず、以下の記事をお読みください。

 

ウーマンラッシュアワー村本大輔さんが、以下のつぶやきを書きました。

 

 

声を大にして言う。僕は今年は選挙に行かなかった。全国民で選挙に行かなかったやつの方が多い。多数決の多数が国民の総意なら、選挙に興味なかった俺たちが国民の総意。わがままを言う。台風の中、選挙にいかせるぐらい政治に興味をもたせろ。以上、ここまで。

 

これは私の以下の記事を読めば、論理的にはある程度、正しいことを言っているとわかると思います。

 

私も選挙を棄権しました。理由は、誰が敵か味方か不明だったので、中立の立場を取りたかったのと、投票先がないというものでした。

 

投票先がないということは欲しい商品がないということなので、選挙にいかせるぐらい政治に興味を持たせろという主張も私はある程度、わかります。

 

ですが、政治や選挙の構造上、それは難しいとも書きました。だからこそ、「マシなものを選ぶのが選挙の投票行為」とも書きました。

 

ここまで理解した上で、アンチがコメントを書いていないことは明白です。アンチは、言葉尻をとって、感情的に反応し、批判するからです。

 

人間は論理(理性とも言う)と感情でできているので、論理でいくら説明しても、感情では納得できないという人がいるのです。

 

選挙の件も、私の理屈を理解すれば「投票に行かなくても文句いってもいい」とある程度、わかると思いますが、感情的にはやはり「投票も行かず、政治に文句言うなよ」となるわけです。

 

私は、そういう人間の感情部分も重要視しなければいけないと思います。なぜなら、論理的に考えられる層の方が少数派だからです。大半の人間は感情で動く人が多いのです。

 

だからこそ、従来の合理的な人間を想定した経済学が崩壊し、不合理を前提とした行動経済学が流行っているのです。

 

人間の行動は不合理であり、非論理的であり、感情の動物です。または、直観もかなり重視します。

 

そういう面を理解していれば、たぶん、いくら正しいことを言っていても、感情で反発される意見は炎上ということになります。

 

人間社会ってそういうものなのです。論理だけじゃないんですよ。感情面があるのです。嫌いな人の言うことは「論理的にいくら正しくても、あまり聞きたくないか、まず反論から入る」のです。

 

好きな人の言うことは「まず、ちゃんと聞こうということから入り、そして疑う人はちゃんと検証する」という姿勢です。

 

嫌いな人とと、好きな人とでは、人間は聞く姿勢がまるで違うのです。これが人間の感情です。

 

私のブログにケチをつける人も、私が嫌い(というか、私に好かれてないから、嫌う面もある)だから、反論できるところはないか?という姿勢からまず入ります。全部、疑いながら読むのです。

 

私のことを好きな人は、まずちゃんと理解しようという姿勢から入り、明らかにおかしいと思った箇所は指摘するということになります。

 

言う前から、勝負はついているということです。人間は感情の動物なので、嫌われている場合、まずは、嫌われるから、嫌われてない時点までもっていくことが大事です。好かれるまでいくには、さらに努力が必要になります。

 

加えて、村本大輔さんの意図が書かれています。

自分が行かなかったことを告白して叩かれることで、行かなかった人たちに選挙の意義を伝える狙いがあるのだという。

 

選挙に行かなかった理由として、村本さんは「日本は病気だとして政治家は医者。薬が公約だとして、その薬のいいとこだけ教えてくれて肝心の副作用を伝えない医者をおれは信じない。そんな怪しい医者に大切な日本を任せきれない。だから行かない」と説明した。

 

「たった3週間でいい政党悪い政党判断できない」ことも理由で、数社の新聞を読んでいるが、「溢れる疑問と不信感。だから行かなかった」そうだ。「行かなかった」ことを告白した理由については、「選挙になぜいかないかを議論したい。半分いるならぜひすべきだ」と明かした。

 

「ぜひ今回のおれを叩いて、投票行かなかった無党派の人に、選挙の素晴らしさをアピールして。(中略)一緒に次回選挙の投票率、いや関心率をあげよう」と、その意図について語った。とあります。以上、引用ここまで。

 

それらに反論やアンチからのツイートもけっこう来ているようです。感情的なコメントも多いでしょうね。

 

また、論理的には高学歴の人ほど、学歴を気にしてしまいます。いくら頭では学歴は通過点であり、仕事での実績が大事と知っていても、おそらく田中角栄の中卒の学歴には、感情的に「なんか、嫌だな」レベルで見てしまうと思います。あれだけ登り詰めた人でも、高学歴層からしたら、どこかで「結局は中卒だろ」と感情的には感じてしまうのです。

 

私のことも、私がいくらブログ記事で頻繁に実力というかシグナルを出しても、学歴やその他の結果を出していないなどで、頭では実力者なのだろうなと思ってくれる人もいるかもしれませんが、感情的には「だけどなぁ」と思うのです。

 

人間は、論理と感情の動物です。そして、感情の方が勝る場合が多いです。私のような「中身でなるべく判断しよう」という層は1割いないと思います。私はプロセスをめちゃくちゃ研究することで、選挙の結果もある程度、当てました。

 

プロセスが結果に結びつくと心底、信じているから、プロセスをちゃんと見て、結果はおまけと考えているのです。(結果を出すことはもちろん、大事と考えていますが、猛烈に死ぬほど努力しても、結果が出ないことありますという意味です。特に、一流のライバルがいる世界ではそうです。敵が強すぎるのです)

 

最後に、この記事はあるブログ主の記事を参考にしましたが、お互いにブログを閲覧しあい、あちらも私のブログ記事を引用元として示しませんから、私も参考・引用元として示しません。まぁ、暗黙の合意みたいなものでしょう。 だからこそ、本来ならパクられているシリーズの記事でパクリを告発するのですが、お互い様だから、そのブログ主の名前も出していません。

 

以上です。