皆、役割の仮面を被って生きている

「皆、役割の仮面を被って生きている」というテーマで論じたいと思います。

 

役割を与えられる、それは地位かもしれませんし、人間関係でのキャラクターでもあるかもしれません。

 

人間は役割を与えられる、または自身で役割を自覚すると、その役割に応じた振る舞いをするようになります

 

例えば、非正規社員の大半が労働意欲に欠けるのは、「非正規社員で、給料も少なく、待遇も良くないのだから、そこそこの仕事で充分でしょ?」という意識があります。

 

これが、幹部職や社長の役割を与えられたら、ほとんどの人は「なんとかしなければならない、給料分は働かなければならない」と思うでしょう。

 

私自身も、今の現状より、イメージのなかで「自分が社長や敏腕経営コンサルだったら?」「自分が首相や文科省の大臣だったら?」という高い自己イメージがあるからこそ、「今の日本の教育改革のネタ元本」含め、ビジネス系の記事を意識高く書けるわけです。

 

この自己イメージってかなり重要だと思います。生産性にも差が出てきます。自分が負け犬という自己イメージだと、執筆にも影響が出ますし、生産性も労働意欲も下がるでしょう。

 

さて、私はそろそろ、自己イメージでの「もし社長や敏腕コンサルだったら?」や「自分が首相や文科省の大臣だったら?」を捨て去ろうと考えています。ビジネス界や、教育界に一定の影響を与えたと思うし、自分の稼ぐ進路に舵を切りたいからです。

 

もう、「その業界の社長やコンサルが自分で考えたら?」や、「首相や文科省が考えたら?」と思うのです。私は、ほぼボランティアでやってきたわけです。金ももらっていません。ですが、自身の精度を上げる主張をするために、たくさんの本を読み、考え尽くしたわけです。そして、その意思と精度の高さが認められたのかどうか知りませんが、影響を与えたと思っています。

 

しかし、私自身は何も利益を得ておらず、もう限界が来ています。役割も与えられたわけではありません。その役割を与えられたら、私は必死に努力し、使命を全うするようにすると思いますが、その役割も与えられていません。

 

私のような人間は稀だと思います。普通の人は与えられた役割内でしか、考えたり、行動しませんまさか自分が社長や敏腕コンサルや、首相や文科省になったと仮にイメージして、企画案や事業案や政策立案を真剣に考える人はほぼいないでしょう

 

ですから、人間は役割の仮面を被って生きているのです。役割の中でしか、思考も行動もしません。

 

私は、そろそろ、数学やプログラミングに本気でシフトする時期に来ているような気がします。今後の自分に課す役割は、「プログラミングで食うこと」と「ライターで副業をする」ことぐらいでしょう。

 

ライターの副業は、今まで培ってきた知識を活かしてやるべきでしょう。そして、プログラミング系は腰を据えて、数年単位でやるべきでしょう。正直、一介のプログラマーになるのかぁと思うと、自己イメージが急激に下がりました。

 

モチベーションもだだ下がりです。今まで、「社長や敏腕コンサルや、首相や文科省レベル」での役割を得たとイメージして企画案や事業案や政策立案をしてきたわけですから、当然でしょう。

 

しかし、プログラマーとしてモチベーションを下げないまま、努力する方法はないか?と自分で考えたのが「能力があり、実力がある陰の参謀的なプログラマーという自己イメージです。これなら、ビジネス系の執筆の意欲も下がりませんし、内心ではプログラマーとして食えるようになっているけど、実は陰の実力者という自己イメージが持てて、頑張りが続きます。

 

他人にどう見られるか?なんてどうでもいいのです。自分がモチベーション高く行動できることが重要です自己啓発本では、自己イメージを上げることの重要性が散々叫ばれています。自己イメージだけ上がり、実力が伴わなければ勘違い野郎ですが、私の場合、敏腕コンサル系や文科省レベルでは実力的にはいい線をいっていると自己分析しています。

 

問題はプログラマーという存在です。プログラミング能力を上げなければならないわけですが、単なる一介のプログラマーという自己イメージではモチベーションが上がりません。なので、「能力があり、実力がある陰の参謀的なプログラマー「敏腕プログラマーなどの高い自己イメージを持って、それに到達するまでモチベーションを保たないといけないのです。

 

もう、ビジネス系や、文科省の教育政策系では、私のたくさんの執筆物「俯瞰経営学(未発表)や「今の日本の教育改革のネタ元本」含め、たくさんの執筆物で役目を果たしたと思います。

 

あとは、自分の稼ぐ道を模索するだけです。ビジネス系や文科省の教育政策では、自己イメージと実力はある程度、同等、イコールだと自己分析しています。(表だって、認められていませんけどね。陰謀などいろいろあるわけです)

 

一介のプログラマーだと、モチベーションが下がるので、他人の目を気にせず、先ほどの自己イメージを抱えつつ、頑張るのが良いと感じます。苫米地氏は「人の夢を壊したり、自己イメージを下げる人のことをドリームキラー」と呼んでおり、関わらないようにしろと言っています。私も、外野の意見は無視して、邁進したいですね。

 

皆さんの中で、自己イメージが低い人は、私のように何か仮想の「自己イメージ」を作り、勘違い野郎になるべくならずに、モチベーションを高く掲げ、頑張るのが良いと思います。自己イメージが低いと、どうしてもモチベーションが下がり、希望もなくなり、やる気も落ちるからです。いいことがありません。

 

非正規の負け組という自己イメージより、「将来、成金になるための起業準備組」ぐらいのイメージのほうが、やる気と希望が湧くでしょう。(これは私のブログの読者が非正規の負け組の方が多いという意味ではなく、例え話です) 

 

実際に、起業準備をするのも大事ですけどね。起業で、将来失敗して、致命的な失敗(借金など)をしなければ、自己イメージを高く掲げて、毎日の労働をこなした方が気分がいいですし、生産性も上がります。

 

または、自分は例えば、「接客のプロ」なのだという自己イメージでも良いでしょう。さらに、人は自信満々の人の方に魅力を感じますから、勘違い野郎だとしても、そちらの方に惹かれてしまいます。「プロ」という自己イメージがあれば、仕事を効率よくやり、成果を出すことを重視し、会社に居やすくなり、上司からも認められます。これが、負け組非正規の社員という自己イメージであれば、いかにさぼろうかという思考になります。

 

私は、成功法則では自分の役割設定、自己イメージ設定が大事だと思います。他人には言わず、内心、そう思って、着実に行動していればいいのです。

 

ちなみに、プログラミングの才能があるかどうかは不明です。才能がないとはっきりわかった場合、経営コンサル系か、データサイエンティスト系を考えるつもりです。(データサイエンティストでも、プログラミングをどこまで使うか不明です) 経営コンサル系なら、今までの蓄積がありますから、仕事自体は務まりそうな気がするのですけどねー。ま、実際の仕事業務体験、経歴が重要な世界ではあります。

 

または、PCのサポート系にするかもしれません。PCの操作系に徹底的に慣れて、教える仕事です。ソフトを作ることはできないですが、操作系やトラブルを直すのです。在宅ワークができそうですね。

 

これから、3年〜5年くらいの長い戦いが始まるかもしれません。その間、上記の自己イメージを掲げて、モチベーションを下げず、頑張り、やり抜くしかありません。(といっても、ビジネス、文科省系では、実際に成果をある程度、あげたのですけどね。影響を与えました。民間のビジネス書の出版系と、文科省にです)

 

ここからは例え話です。

 

例えるなら、弁護士と同等の実力・知識を持った人が、弁護士資格を持っておらず(何らかの理由で取れない)、それ故に、「他人の評価と、自己イメージが合致していない状態」と言えるかもしれません。

 

その弁護士と同等の実力者はもどかしい思いをしています。知識なら弁護士とも負けていないのに、資格(立場に就けていない)がないゆえに、表面上は弁護士として扱われません。よく分からない他者は、彼を「法律に詳しい人」としか認知していません。「彼って、弁護士じゃないのに、やけに法律詳しいよね」と言われるわけです。

 

彼の中では「弁護士と同等の実力・知識があるのに、資格だけが取れない」というもどかしさなのです。内心は「弁護士と同等の実力や知識があるけど、法律に詳しくない他人に言っても分からないだろうなぁ」と思っているわけです。見る人が見れば「彼は弁護士同等の実力者だ」となるわけですが、分からない人には「彼は弁護士じゃないけど、法律には詳しいくらいの認識」なわけです。そして、彼が弁護士に盾突いたりすると、「あなた、弁護士じゃないのに、よくそんな偉そうなこと言えるよね」とまで言われる始末でしょう。

 

これが実力や知識があっても、分かりやすい資格や地位や立場がないと、他人からは低く評価されるということであり、彼の自己イメージと他人のイメージのギャップ差はもはや埋められない溝なのです。

 

そして、そんな彼が、弁護士の道を諦め、プログラマーの道を行くと決意したとしたら、どんな感じなのでしょうか? また「一からの出発だ」でしょう。弁護士・法律の分野ではかなりの実力者だった彼も、プログラマーの世界では初心者に逆戻りです。かつての弁護士同等の自己イメージもありません。

 

そして、長い年月をかけて、また「一流プログラマー」と同等の実力をつけない限り、自己イメージも上がりませんし、他者の評価もイマイチになります。これだと、モチベーションはだだ下がりでしょう。この気持ち、分かりますかね? 

 

だからこそ、彼がモチベーションを下げず、プログラマーとしての道を究めるつもりなら、「弁護士と同等の実力者でありながらも、プログラマーとして腕を磨いている最中」という自己イメージが必要なのです。これが、「弁護士も取れず、敗北者で負けたけど、プログラマーでやり直すか。。。」だとモチベーションが湧かないでしょう。完全に敗者の思考になっているからです。

 

ある分野である程度の成果を上げたけど、異分野に新たに挑戦しようの方が、モチベーションがあがると思います。これを私も応用しようと考えています。

 

以上です。