何を重要だと思うかの視点は人それぞれ違う2

何を重要だと思うかの視点は人それぞれ違うという記事を前回、書きました。

 

今回はその続きです。

 

 

相手 「血液型って当てになると思うんだよね。だって、自分の母親のいとこの人はA型で、苦労を背負わされており、自分の友達のBもA型で同じく苦労を全部、背負わされているじゃん。これ、関係あると思うんだよ」

 

私。 「血液型診断は科学的に信ぴょう性がないみたいだよ。しかも、この2例だけだよね。」

 

相手。「ま、2例だけだけどさ。だけど、当てになりそう。」

 

私。 「ある本によれば、血液型性格診断は信ぴょう性がないと書かれていたよ。そして、こういう学説は、サンプルがある程度、必要で、統計的に有意差があるかどうかが重要なんだよ。統計的に有意であったということは、血液型による性格診断は当てにならないよ」

 

相手。 「ま、だけど、本や論文も絶対ということはないでしょ? 可能性としては当てになることもありうるかもよ」

 

私。 「今のところ、その研究などに反証はないようだよ。また、ある一定のサンプルを集めて統計的に有意だったってことはやはり現時点では、確率的に高い精度で、血液型性格診断は当てにならないと言えるよ」

 

相手。「でも、絶対はないからさ。ま、俺も、血液型を確実に信じているわけじゃないけど、絶対はないからね。」

 

以上、延々と続く。私は「現時点では論文の確度が高い」と言っており、相手は「絶対はないから、可能性としてありうる」と言っており、平行線をたどる結末に。

 

最後に、ある本とは「競争社会の歩き方」です。以下、引用です。P145〜146。

 

 

 

性格診断。

一人っ子はマイペース、長男は責任感が強い、長女は世話好き、真ん中の子は空気を読むのがうまい、末っ子は甘え上手といった話を聞いたことがある人は多いだろう。中略。

 

例えば、血液型占いは、多くの人に信じられてしまっているが、統計的な分析をしてみると、血液型と性格には関係があるとは言えないことが知られている。実際、九州大学の縄田健悟は、多くの心理学の研究で、性格と血液型の間に家計がないことが示されていることを紹介したうえで、2004年と2005年に私を含む大阪大学のグループが行なった大規模な日米比較アンケート調査を用いて、血液型と性格の間には関連がないことを示している。

 

もっとも、社会に血液型性格判断の知識が広まると、他人が自分の性格を◯◯型タイプとして接するようになり、結果として血液型と性格の間に関連が発生するという「予言の自己成就」が生じる可能性もある。しかし、血液型性格診断ブームが1971年の能見正比古の著書の出版を始まりとしており、1980年代んは十分に広まっていたことを考えると、2000年代になっても血液型と性格の間に関連が認められない以上、予言の自己成就は生じなかったということができる。血液型性格診断を信じて、人間関係や仕事関係に当てはめるということはやめておいた方が無難である。以上、ここまで。

 

統計的、データ分析的思考がない人と対話すると、こういう討論になりますね。統計、データ分析思考があれば、「統計的に現時点では有意だったのですから、確率的に血液型性格診断は当てにならないと言えそうだね」となるはずです。

 

対話の溝は埋まらないですわ。。。

 

また、相手が「絶対はない」と言ってきたのに対し、私は「確率的に精度が高い」と反論しました。ですが、以下で触れますが、私が逆に返されました。

 

相手「教師の仕事も、今後、定年は延びると思うよ」

 

自分「その可能性は高いかもしれないけど、絶対ではないし、まだ分からなくね?」

 

相手「いや、絶対に定年は延びる。」

 

自分「うーん。可能性は高いと思うけど、絶対かどうかは不明だよね」

 

そしたら、以下の記事が出ました。

 

以上。相手が「絶対、定年が延びる」と言わないで、確率的に可能性がかなり高いと表現してくれたら、私も賛成し、納得していただろうなぁと。絶対〜だという人には私は違和感を感じてしまうので。

 

以下の記事でも述べましたが、絶対〜主義の人は何か違和感を感じてしまうのです。

 

以上です。