謙虚な言い方であるべきか否か?(絶対主義)

まず、以下の記事をお読みください。

 

 

簡単に要約します。

 

 

「弊社は世界中から超優秀な人材のみを揃えており、どのような難題にもお応えすることができます!」という会社があるとして、それは本当なのか?とShinさんは思ってしまうようです。

 

「何でもできます」「絶対できます」とは経験を積めば積むほど、言えなくなるからだと言います。

「世の中に絶対はない」という現実を認識しながらも、「常にベストを尽くす」態度が誠実だということですね。以上、ここまで。

 

また、私の自著「人生観を超速で広げよう」から抜粋します。

 

 

7 「絶対主義者」は軽率であり、確率概念がないという話。

 

「絶対~だ」と発言する人は軽率で自信過剰で発言に重みや責任感がない人だと私は考えています。根拠は世の中に絶対ということはほぼないからです。自然科学でさえ、もしかしたら覆る可能性が残ります。

 

全ては仮説なのです。もちろん、人は必ず死ぬ(不老不死ができるまでは)などは現在のところ、絶対の事実ですが、それ以外のことはなるべく絶対という言葉を使うべきではないと思います。

 

「絶対~だ」という人には私は、次のように返すと効果的では?と考えています。「その発言に100万賭ける?」と言うのです。「自分は1円だけ賭けるけどね」とも。

 

絶対にそうなるのだから、1円でも得をするなら賭けるのが合理的です。しかし、大抵の人は「うーん」と悩みます。その時点で、その人は内心は絶対だとは思っていません。もっと掛け金を上げてくれと言ったならば、その人の絶対度を下げています。絶対にそうならない可能性があるから、賭け金がある程度高くならないと賭けたくないのです。

 

そして、「絶対~だ」という人は、押し付けてきていて迷惑なので、こういう対処をしたいのです。「絶対~だ」と断言し、掛け金もないなら、言いたい放題です。責任感ないですよね、そういう人。断言した言葉には責任をもって、掛け金を積んで欲しいですよね?慎重な人は、確率的にそうなる可能性が高いというに留めるものですから。  

 

以上、ここまで。

 

さらに、私の自著「人生観を超速で広げよう」にもっと詳しい情報が載っています。詳しい情報はnote有料記事で。

 

絶対主義者は私は軽率だし、信用性に欠けると感じてしまいます。以下の記事でも書きましたが、声の大きな人に人は従いやすいです。そして、声の大きな人ほど、「絶対そうなる」と言います。(これは新情報)

 

確率的に精度が高いなど、確率論を言う人が信頼性が高いのかなと私は感じます。確率論については以下の記事で。

 

以上です。