「人は権威の話を聴く」のもっと深い議論。

以前に、以下の記事で、様々な議論をしました。

 

 

 

人は肩書などで基本的に判断する生き物だという話です。

 

私はSKYPE上で、身元を謎の人で通したら、20代前半の社会人女性の悩みごとを解決する手助けをできましたし(その女性には過去、聴いたアドバイスで1番役立ったと言われました。私が言ったアドバイスをしてくれた人は過去に1人もいなかったそうです)、20代の男には「今の日本の教育改革のネタ元本」含め、執筆物をかなり評価されました。(その男性はビジネス書をけっこう多読していました)

 

また、私の知り合いの敏腕営業マンも、学歴をなるべく隠し、営業しています。それで、成果を出しています。前にいた証券会社の名前を出したら、とたんに「この人は信頼できる」と態度を変えられ、契約に至ったこともあるそうです。

 

 

逆に、身元を明かした場合や、私の実力をあまり知らない身内は、私の言うことをほとんど聞きません。(これで、人は肩書で判断する生き物だと証明されたと言えるでしょう。だって、同じことを言っていても、身元次第で、反応が変わるのですから)

 

で、ですよ。こういう議論をある人としました。Aさんとしましょう。

 

私。 上記の話をしました。これで理解してくれるだろうと思ったからです。ですが、以下のような反応をされました。

 

Aさん。 「肩書で意見を聴くかどうか判断しているんじゃないよ。悩みごとを解決したいというニーズを解決してくれる相手なら、肩書関係なく聴いてくれるよ」

 

私。 「いや、肩書で判断されるよ」

 

Aさん。 「じゃ、モデル例を出そう。権威ある男と、フリーターと、正社員の3人と、悩みごとを相談したい相談者がいるとする。その相談者は、確かに、3人の中で選ぶなら、権威ある男を選ぶであろう。じゃ、次に、フリーターと相談者しかいないとする。そうなると、フリーターの言うことでも聞いてくれるよ。」

 

私。「そもそも、フリーターと相談者しかいないというモデル自体が現実的じゃない。相談者はもっと選べる選択肢があるのが普通。その相談者がよほどコミュ障で、誰も頼る人がいないなら、別だけど、そんな現実の例はかなり少ないはず」

 

Aさん。「だから、言ってるだろ。3人の中なら、権威ある男を選ぶんだよ。」

 

私。 先ほどの説明を再度したが、理解してもらえず。

 

私。「つまり、相談者は基本的に選べる選択肢がある程度あるのだから、わざわざ、フリーターの意見より、もっとまともなことを言いそうな人に聴くよ。悩みごとを解決してくれる人とのマッチングなら、選択肢がないならともかく、選択肢があるなら、権威ある人の言うことを聴くよ」

 

私。「仮に、フリーターの1人しか相談相手がいなくて、相談者が聞かざるを得ない状況下だと仮にしても、その相談者が「中身で判断する人」であり、なおかつ「中身で判断できる能力」がない限り、意見を採用しないかもしれないよ。また、そもそも、中身で聴く人なら、3人の中から選ぶとしても、権威ある人ばかりを選ばないで、フリーターも選ぶ可能性がある。そのフリーターが、実力者で、まともなことを言っていて、なおかつ、相談者がそれを理解できる場合に限るけどね」

 

Aさん。「言っていることがよくわからん」「権威ある人の言うことを聴くなんて常識だろ。」

 

私。 無言で立ち去る。議論おしまい。

 

 

Aさんは、相談者の悩みを解決してくれそうな人なら、肩書、権威に限らず、聴くというのです。しかし、相談者も悩みが深刻なら、説得力が欲しいですから、肩書や結果を出した人や経験者の意見を聞きたいはずです。

 

そして、相談者がまったく権威のない、説得力も薄いフリーターなどの意見を聴くか?となると、かなり疑問符です。(相談者はコミュ障で、頼る人がそのフリーター以外いないという現実離れしたモデルを採用します)

 

つまり、ここで私の事例に移しますが、肩書がほぼない私の言うことなんて、説得力がないと一蹴されてしまう事態をよく理解してないのです。私は、身元を軽く知られている人(私のビジネス書7000冊読破の肩書軽視の人か、私のブログもほぼ読んでない人)には、意見をあまり聞いてもらってないです。これが現実なのです。

 

同じことを言っていても、肩書があるかないか、身元が判明しているかしてないかで、説得力が変わるという現実を理解できない人がいます。

 

ここで話しを展開させます。今は、肩書がある人「誰が言うのか」の人も、「何を言うのか」を積み重ねて、「誰が言うのか」の肩書、地位を手に入れたのにです。

 

無名時代から、「何を言うのか」で調べて、執筆してきて蓄積して、有名作家になった人は、三橋貴明氏がいます。今は、彼は肩書がありますが、無名時代はまさに「何を言うのか」だけで発言していたわけです。その時代の実力と、今の実力では、今の方がある程度上がっているでしょうが、大幅に変わっているとまでは思いません。

 

または、書評家や有名ブロガーなどに、無名人が発掘、紹介されてブレークすることもあります。この無名人は、紹介される前と紹介された後で、発言内容が変わったのでしょうか?何も変わっていません。単に、推薦されて、権威やお墨付きがついただけです。ですが、売れたりするわけです。

 

無名人でも、内容を見ないことの怖さがわかりますよね。無名人でも実力者なら、いきなり紹介などでブレークする可能性がありますし、「何を言うのか」の積み重ねでブレークすることもあるからです。

 

無名人で肩書がないからといって、内容を大して見ずにバカにしていたら、いきなりその人が出世したという話はありそうです。そりゃ、そうです。実力は既にあったわけであり、後はチャンス、きっかけがあるかないか?だけだったのですから

 

権威や肩書ばかり重視して、中身を軽視することの怖さが分かったのではないでしょうか? また、権威といえども、たまに間違えます。確率は低いですけどね。中身で判断する癖をつけた方がいいのは「権威に騙されず、無名人の実力者も軽視しないので、判断の精度が上がるなど良いことづくめ」だからです。

 

もちろん、中身で判断できるようになるためには、その分野での相当な勉強が必要です。そして、大多数が中身で判断できるほど勉強してないので、権威を頼るわけです。権威を盲信するということは「私にはその分野では判断軸がありません」という告白と同じです。もちろん、全ての分野を把握するのは不可能なので、誰もが、ときには権威を頼りますけどね。

 

最後に、それほどの実力があるなら、なぜ、商業出版されないのか?という疑問があるでしょうが、それはいろいろと問題があるのですが、これは割愛します。(深い問題なので。陰謀論に近いです。普通の人には想像もできない理由です) 

 

ここまで、分かりやすく書いても、理解できない人がいると私は個人的に思っています。(おそらく、一定数、いるんだろうなぁ)

 

 以上です。