批判や攻撃しすぎる人もどうかと思うけど、黙認や傍観している人もどうかと思う。

「批判や攻撃しすぎる人もどうかと思うけど、黙認や傍観している人もどうかと思う。」というタイトル通りのテーマで論じたいと思います。

 

タイトル通りの内容なのですが、批判や攻撃って「その本人やそのファンに嫌われるリスク」があり、本来ならやりにくいです。誰でも、人に嫌われたり、やたら敵を作るのは嫌ですからね。

 

 

私も以下の記事で、イケダハヤト氏やはあちゅうさんなどをやんわりと批判?しています。

 

扱う顧客層が違ったり(情弱商売と呼ばれます)、違うジャンルの本や情報を扱っていると私は書きました。

 

イケダハヤト氏やはあちゅうさんが成功している理由は時代のタイミングに上手く合致し、情弱相手に目立てたことだと分析しました。

 

世の中には私よりも、過激な言動で、イケダハヤト氏やはあちゅうさんを攻撃している人がいます。それはありすぎるので、検索してみてください。ここでは載せないことにします。

 

私はこの批判者たちは、「よくここまで批判できるなぁ」とたまに感心したりします。だって、本人やファンに嫌われたり、敵に回すだけじゃないですか。それでもやるという気概が凄いと思うのです。

 

あまりに過激な他人への批判や攻撃、または喧嘩は傍から見ていたら、気分のいいものではありません。「当人同士で解決しなよ」と思うのですが、そもそも、その修復が難しいから、第三者を巻き込んで、仲裁したり、味方につけようとするのです。昨今の松居和代さん騒動もそうです。

 

ま、喧嘩などは、最終的に裁判までもつれて、決着がつくのですが、政府やメディアや芸能人や有名人の批判は、特に、同業者だとやりづらいでしょう。仕事がなくなる可能性があるからです。

 

オリラジの中田氏は、ダウンタウンの松本氏に「謝らない」と宣言していたことは有名ですかね。

 

ですが、多くの人が面倒事に巻き込まれないために黙認や傍観する中で、敢えて、政府やメディアや芸能人や有名人批判をするのは凄い覚悟と気概じゃないでしょうか?

 

私は「傍観している側の方が楽をしているのでは?」とすら、感じます。だって、嫌われないですし、楽じゃないですか。または、実は不満を持っていても、「誰かが批判してくれた」ことにただ乗りしているかもしれないのです。

 

フリーライダー、ただ乗り精神です。そう考えると傍観者ってズルくないでしょうか? 自分は面倒事に巻き込まれたくないから、黙っていて、誰かが批判したら「ラッキー。自分の代わりに批判してくれた」と思うのですよ。

 

批判や攻撃をしすぎの人も問題ですが、傍観者もズルいです。どっちもどっちだと思います。上手く立ちまわるのは正解なのでしょう。ですが、人間、「戦うときには戦い、勝負を避けるときは避ける、逃げる」という処世術も大事です。

 

不満があったら、ある程度の配慮はしつつも、傍観せず主張することは心がけたいです。個人の人間同士の関係も同じです。不満があっても黙って我慢し続けるより、ある程度、言い合い、話し合う夫婦の方が長続きすると思います。夫婦だけじゃなく、友達同士もそうですね。

 

最後に、以下の記事を貼ります。

  

この記事で述べたのは、正当性がある人は叩かれないということです。叩かれている人は正当性がないという内容の記事です。

 

以上です。