個別指導、個別コンサルティングを求める人達

私の自著「人生観を超速で広げよう」からの抜粋です。

 

18 一般論と特殊解、主観と客観の話。 世の中には、一般論特殊解があります。一般論とは多数派であり、多くの人に通じるという意味合いが強いです。特殊解とはその人やその企業にしか当てはまらない解決法です。

 

ちなみに、客観的とはデータと論理で補強された意見だといえます。主観的とは好き嫌いでその人が決めたことであり、感情が入ります。 客観的な意見が大学受験では求められます。現代文や小論文では特にそうです。

 

なぜかといえば、主観的なその人個人の意見では、多くの人の解決策に通用しないからです。 特殊解の集まりが一般論であり、平均などとも言えるかもしれないです。 自分の人生自体は特殊解を当てはめた方が良いと私は考えます。

 

理由はその人に合ったやり方というものがあるからです。その人に合った薬というのもあります。

 

 

19 特殊解の事例とメディアの話。

 

成功者は特殊解で成功したのでしょう。それをなるべくデータなどで一般化したなら、統計的であり、万人に通用する場面も増えるでしょうが、特殊な成功者の一体験をさも、万人に通じるかのように喧伝するのは良くないと思うのです。

 

その成功者とまったく同じ資質や環境下ではないからです。 成功者の本にも種類がありますが、単に特殊解の自伝みたいな本と、統計データから導き出された成功法則などであれば、後者の方が取り入れる部分は多いかもしれません。

 

本とは基本的に一対多数であり、それぞれの一読者に別個に特殊解をアドバイスすることは不可能です。本とはその性質上、どうしても一般化しがちです。 読者側が自分に合う部分を見極めないと使えない媒体です。

 

本だけに限らず、TVや新聞などのメディアも同じ構図です。事実を報道するだけなら、特殊解じゃなくても別にかまわないと思いますが(というか特殊解自体が不可能ですが)、事実+メディアの解釈が入ると話は異なります。

 

もちろん、事実だけでも受け取る層によって解釈が変わりますが、そこにメディアの解釈も加わりますから、受け取る層の解釈はバラバラになります。 メディアが個人個人に入念に説明して、ちゃんと分かってもらうのは不可能です。

 

20 大学受験では論理を重んじ、さらに発展させた統計学の話。 話を戻します。大学受験の現代文や小論文が客観性を求めるのはデータや論理(特に、論理ですが)に強くなって欲しいという理由からでしょう。

 

論理力には、一定の型があり、客観性があります。好き嫌いで「こう思う」という意見では人それぞれの主張がバラバラになります。主張するなら、理由・根拠が必要です。 それを上手く論理付け、さらに上級者はデータで補完します。

 

多くの人に説得力があるのが客観的な主張です。それはデータと論理で補強された統計学でもあります。もちろん、統計学も万能ではなく、例外は外れ値として扱われます。 多くの人が言う「普通」という概念はその人自身の中で「ここからここまでが普通」というラインがあるのでしょう。

 

多数派の意見が「普通」と思う人もいれば、少数派に入るのに「普通」という人もいるのでしょうね。 ところで、最近の統計学は先を進んでいて、個別の顧客にオーダーメイドに提案することも可能です。

 

Amazonアフィリエイトの広告はその人自身のデータを集めて、広告やお薦めをしてきます。レコメンデーションと呼ばれます。 マーケティング用語ではOne-to-Oneマーケティングと呼ばれます。

 

顧客一人ひとりの趣味嗜好や属性といったパーソナリティを把握し、過去の購買・閲覧履歴なども参考にして、「その顧客専用のおすすめ」と思わせるアプローチでパーソナライズされた情報提供を行います。

 

One-to-Oneマーケティングの手法のひとつに行動ターゲティング広告があります。顧客の行動に関する情報を収集し、それをもとに顧客の趣味などを推測して、「パーソナライズされた情報」という形で広告を表示する手法です。

 

元々、特殊解が理想です。平均や中央値や最頻値などは目安にはなっても、特殊解にはなっていません。 そういう意味でビッグデータを扱った統計学というのはマーケティング的にかなり良い線を行っていると思います。

 

ただし、オーダーメイドの提案は顧客がプライバシーを侵害されている感覚を受けやすいです。自分のことが全て調べつくされていると感じるからでしょう。 そういう点も考慮しておく必要があります。

 

23 メディアの弱点と、個人の最強の教育法とは何か?という話。

 

TV局や新聞や本などのメディアの弱点はオーダーメイドできない点ではないか?と思います。 大衆を相手とした一般論しか述べられないのです。 本当の最強の大学は何か?と言われたら、個人講師です。

 

大学の授業はその人個人に対応してくれないからです。 大学受験では能力のある家庭教師がちゃんと指導してくれたら、これ以上の環境はないでしょう。 普通はそんな恵まれた環境下にいる人は稀なので、一般論や原理原則本を読んで、それを自ら、特殊解に落としこんでいく作業が必要です

 

 

参考書や本なら、自分の理解できる難易度を選び、徐々にレベルアップしていく感じです。 ある人にオススメされた参考書や本が、その人には合わないかもしれないのです。その人の能力と知識レベルが異なるからです。

 

以上、ここまで。有料商材からの引用でした。

 

さらに私の以下の記事からの抜粋です。

 

 

 

簡単にまとめますと、コンテクスト(文脈)によって、法則や理論などを変えよということです。文脈あってこその法則や理論なのです。

 

文脈とは前提条件や環境や背景知識やバッグラウンドや経歴などたくさんあります。文脈が変われば、法則や理論や戦略を変える必要はあります。一言で言えば、柔軟性が大事ってことです。

 

杓子定規が反対の意味ですね。融通が効かないことですから。

 

また、他人に伝える時でも、その人の文脈(経歴やバックグラウンドや生育歴や前提知識など)によって、伝え方も変えるべきなのが本来の姿です。個別にオーダーメイドするということです。

 

しかし、それはメディアの都合上(TVや新聞は特に。個人メディアでも限界があります)、無理な相談なので、最大公約数を狙った一般論しか述べられません。

 

人によって、受け取り方も変わるでしょうから、著者と同じような解釈をしているかは非常に怪しいのです。よく起こることですが、記事を読ませて、個別に解説すると、理解されることが多いです

 

それだけ、その人の前提知識も違うということです。(その人にとっては説明不足な点があるわけです)   今日の記事は、上級者向けでした。理論を盲進している人に注意を促す内容です。以上、ここまで。

 

以上のことを総合して、まとめますとタイトルにあるように多くの人は「個別指導、個別コンサルティングを求める人達」という解釈になります。

 

参考書や巷のビジネス書、果てはメディアの情報は、自分という特殊?な存在に(自分の前提知識を全て踏まえた上で)伝えてくれません。

 

だからこそ、上記の情報に触れたときに、個別に質問したくなるのです。同じ文章を読んでも、前提知識がバラバラな読者は、同じように理解していませんから、著者は後で個人個人に、個別に解説すると分かってもらえるケースが多いのです。

 

正直、個別指導、個別コンサルティングはぜいたく品です。そんな恵まれた環境にいられる人は稀です。なので、自分なりに料理し、自分に適合する薬に変えなくてはいけません。そういう能力がないと、いつまでも「情報クレクレ」という態度になり、個別指導、個別コンサルティングに時間を割けない多忙な人から避けられる事態となります。要注意な点です。

 

ナンパしたり、口説くとき、「君を個別にコンサルしてあげるよ」と言ったなら、君専用に労力を注ぐよという意味です。ま、それだけ、個別指導、個別コンサルティングの価値は高いということです。

 

以上です。