ポジショントークと自己中の特徴

度々、話題に上がっているMARCHの2人ですが、Koukihという男が、以下の投稿をしました。

 

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これは、以下の記事2つへのブックマークでのコメントです。

 

 

このKoukihという人を私が信用できない理由はポジショントークばかりするのと、自己中な点です。

 

上記の大学は卒業しないと意味がないという発言、優秀な層は院卒という発言がありますよね。彼は大学はMARCHで卒業済みですし、今いる大学院(文系)もMARCHなようです。つまり、彼は自分のポジショントークをしているのです。昔からそうです。

 

官僚の1次試験を通ったのですが、最終的には落ちたようです。その彼の口からは「官僚擁護発言」や「公務員擁護発言」ばかり聞かされました。キャリア官僚や外務省の話なんて私は想定していませんよ。

 

民間、ビジネスが私の視点です。銘柄大学の大卒が官僚系に適しているなんて当たり前の話じゃないですか?だって、東大は官僚養成場とまで言われていたくらいですから。彼は、官僚視点なんですよ。起業やビジネスや民間の人じゃないんです。

 

弁護士を目指していたときは「法律家擁護発言」。今は、文系の学者を目指しているようですが、先行き不透明なようです(噂に聞いています)。院卒で優秀というか需要があるのは、理系ですからね。文系の院卒なんて需要ありませんよ。それを知っていての発言でしょうか?

 

あとですね。銘柄大学に受かったという実績は企業は重要視しているんですよ。だから、大学で何をやっていたか?あまり聴かないのです。今は、多少変わってきていますが。大企業に新卒で入社する場合は、銘柄大卒は必要ですが、中小企業や起業系なら、銘柄大学に受かっていたという実績もある程度、通用すると感じます。

 

そして、「学者擁護発言」もかなりしていました。彼は自分が通った道は全部擁護するのですよ。つまり、ポジショントークばかりするから、信用できないのです。ポジショントーク以外の発言を聞いたことがありません。まさに、官僚の省益を守るため、利権を手放さない系の人です。

 

さらに言います。彼は私のブログでは控えめな丁寧に見える発言をしていますが、ブログやTwitterでは、めちゃくちゃ罵詈雑言を言っています。つまり、二面性があるのです。サイコパスと私が言う所以(ゆえん)です。裏ではものすごく悪口を言っています。ま、MARCH2人はつるんでいますから、2人で私の悪口でも言っているのでしょう。(勝手に言えば?という感じです)

 

さて、以下の記事で、ポジショントークと自己中が詳しく書かれていますので、ぜひ読んでもらいたいです。


一部、引用します。

 

「いい人」ほど、相手のことを思いやります。ですが、そういう「いい人」のことを自己中の奴が利用するのですよ。自己中の人は、「いい人」を利用し、「いい人」はそんな自己中の奴にも思いやりをもって接するから泣けてきます。

 

結局、「いい人」は別の「いい人」には良い接し方をし、「自己中の奴」には、こちらも適当な接し方をするべきなのです。そうしないと、いいように利用されるだけです。自己中は相手の配慮など何とも思いません。

 

自分の利益にしか興味がないから、相手の配慮の有り難みも分かりません。「いい人」は世の中にはそういう人種がいると理解し、利用されることを防がないといけません。消耗するからです。以上、ここまで。

 

Koukihという男は、生活保護の人にもSKYPE上で相手にされないほどのコミュ力のない人です。「ポジショントークをし、自己中でコミュ力がゼロが彼の特徴」だと思います。

 

これでMARCH、または早稲田のある学部に受かったのですから、ペーパー試験も危ういですね。しかも、大学も卒業でき、院まで行けたという。とはいえ、就職で苦戦しているようですから、やはり、世の中は企業などの民間部門でフィルターがしっかりかかるわけです。ヤバい奴は企業が落とします。大学は学生は学費を落としてくれるお客さんですから、入れてくれますが、企業は逆に雇う側であり、稼がないと生き延びられないわけですから、ヤバい奴は落とすのです。

 

最後に、彼は私のことを大学に言っていない経験ゼロなのに、よく大学批判できるなと書いていますが、以下の記事でも書いています。私の本の骨格の理念です。

 

1 日本の教育改革を成功させるためには、まず日本の世の中の全体像や俯瞰図を作る必要があります。その俯瞰図を作るためには、伝聞を必ず介します。全ての世の中の出来事を一人の人間が経験できるはずがないからです。伝聞や調査などを介します。私の経験だけでは限界があります。

誰にもでも言えることです。教育改革の見取り図を作るには、膨大な読書や調査などの間接経験(伝聞)が必要なのです。逆に、自分の経験談だけで教育改革の見取り図を作ったら、視野が非常に狭いものになります。教育改革の見取り図を作る人の役割として、大量に読書をした私はある程度、適任だと考えています。

 

この概念を彼は理解してないのでしょうか?調べて書くという行為を否定しているのでしょうか?世の中のノンフィクション作家の役割を否定しているのでしょうか? 彼は経験してないことは書いてもいけないし、発言してもいけないと思っているようです。

 

では、彼が仮に経営者や政治家などの判断を下す立場に置かれたら、自分で全てを経験できないし、自分以外の経験を認めない立場だとしたら、誰かの助言などを聴く、つまり間接経験が入ることはNOなのでしょうか? 彼は自分が経験してないことはダメだと言って、他人の助言も信じないし、聞かないつもりなのでしょうか?

 

ある程度の伝聞や、調べることで仮説を立て判断し、補うことは必要です。これすら、彼は理解してないのです。自分が経験してないことは信じられないから、私の経験している陰謀論も信じないのです。ASKAさんの件でも、病気扱いしてました。かなりバカにしていました。しかし、ASKAさんに対する謝罪の言葉なんてありません。

 

ま、こういうポジショントークしかしないし、自己中の人間がいるという人間観察の事例として紹介します。

 

以上です。