パクる人、多すぎる (毒舌、暴露記事ですので、ご注意を)

今回の記事のタイトルは「パクる人、多すぎる」というものです。

 

具体的に説明していきましょう。

 

まず、私の本「今の日本の教育改革のネタ元本」は2013年頃から、書き始めましたが、その頃から、私のビジネス書の多読の最中に、所々、パクられたと思う内容が頻発しました。

 

私のその他の自著でも同じようなことが頻発しました。

 

書いた本人が内容を一番分かっていますから、パクられたかどうかは一番よく分かります。ビジネス書の多読の最中にかなり頻繁に見つけていました。そして、私の方が時間軸でアイデア発想が速いのです。

 

なぜ、「今の日本の教育改革のネタ元本」というタイトルにしたのかは?は、他の記事でも書きましたが、ネタ元にされているという、つまりパクられているという嫌味や反抗的な意味も込められているのです。

 

世の中の学者系の人でさえ、人のアイデアなのに、ネタ元にして、自分の業績、手柄にするのは日常茶飯事です。

 

実際、ブロガーの中にも、私の現在の公開中の記事をネタ元にしたと思われる記事を見つけています。

 

 

私は何も、ネタ元にするのが一概に悪いと言っているわけではありません。どんな人でも、先人のアイデアを参考にし、組み合わせる方法で独自性を出さざるを得ないのが現実です。ですが、せめて、参考・引用文献を付けて欲しいということであり、それが最低限の礼儀ということを言いたいのです。

 

正直、参考にしたのに、参考・引用文献をつけない人の人間性を疑ってしまいます。自分の手柄・業績重視主義であり、自分最優先主義の人だと私なら判断しますね。他人の業績を軽視しているからです。(Twitter情報なら、パクられても仕方ないかもしれないです。ブログ記事はある程度、参考・引用文献として載せるべきだと思うのですが)

 

私がブログを始めたのは、理由の一つとして、パクリ構造に嫌気がさしたからです。非公開の情報を何らかの手段で奪われて、出版物として他人が自分の業績にしているという構図です。

 

その状況を打破するには、ブログを公開するしかありません。非公開でも奪われるなら、公開してしまえば、私の著作物という証拠ができます。

 

このように、メディア系(TV局、新聞社、出版社など)はサイコパスなのです。他人のことなどどうでもいいと思っています。

 

本当に本当にパクる人、多すぎです。もはや、そこに罪悪感などないとさえ感じます。個人名のブログを挙げようかと思いましたが、さすがにそれはやめました。(自粛してくれることを願います)

 

個人のブログは影響力はそこまでないとしても、出版物やTVで、私の情報がネタ元にされて、公開されるのは正直、腹が立ちますね。人の苦労を何だと思っているのだという意味で。

 

パクり構造は地道に訴えていかないと、搾取され、被害を受け続けますので、私は断固として、訴え続けます。人のことを人間と思わない、パクる側の者たちへ。

 

最後に、パクる構造が成り立つのは、そこまで有名人じゃない人、つまり無名人のみです。有名人になれば、さすがにパクられません。パクったら、いろいろな人に指摘されて、バレてしまうからです。例えば、有名ブロガーのちきりんさんなどのブログ記事を参考にして、引用元もつけずにパクって書いたら、一発でバレます。そして、ちきりさんは発信力がありますから、指摘されたら、アウトなのです。

 

これが、無名人ならどうでしょうか?無名人は発信力がないので、パクってもバレないのです。だから、メディア系は平気でパクります。私がブログ記事でパクられたと訴えても、そんなの無視すればOKだからです。ほとんどの人にこの声は届きません。それが分かっていて、パクるのです。

 

無名人で重要な情報を発信している人を、有名にさせないまま、パクリ続け、利用すれば、メディア系はいい思いができます。そして、有名にしない理由も分かっています。私に過去の悪行をばらされるリスクを怖がっているからです。過去、散々、パクっていいように利用し続けたわけですから、私から恨みを買っていることぐらい、メディア系は知っています。

 

だから、有名には絶対にしません。メディアで取り上げないということです。つまり、私は影の影響力者であり、メディアにネタ元として影響力がありつつも、決して表にでない構造なのです。よって、私はこんな構図とおさらばするために、IT系へと転職を考えて実行中なのです。

 

一応、ブログは継続しています。ですが、副業みたいなものです。メディアは今のところ、絶対に大きく取り上げるつもりはないと踏んでいます。出版はもちろん、TV、新聞でも取り上げません。はてな系でも大きく取り上げることはないでしょう(おそらく)。

 

これが、私に実力がありながらも、ブレイクしない根本理由です。メディアにとって、私は不都合な存在であり、なおかつ、いいように利用できる存在なのです。普通、実力がかなりあったら、商業出版の声掛けや、TV、新聞、ネットである程度、取り上げるはずだと皆さんは思うでしょう。ですが、私を過去に散々利用尽くしたメディア系は私の恨みを怖がって、取り上げないのです。

 

メディアがサイコパスと言う私の理由は、これです。人を道具のように使い、利用し尽くす。

 

無名人のままなら、私に勝機はありません。逆に言えば、私は何か不祥事や事件を起こしても、報道がされない可能性があります。なぜなら、私が何か大きな事件を起こして、有名になると、このブログまで触れられることになり、これは大きな証拠となるからです。かなりの濃い内容のブログを書いているまともな人が事件を起こすはずがないと、ブログを観た一般ユーザーは思うかも知れません。

 

ここまで私は追い詰められてます。大きな事件でも起こしてやろうかという。

 

最後に、この記事から皆様へ、教訓を伝えるとしたら、「無名人はパクられても訴えることもできない」ということです。パクる側はバレないと思っています。なぜなら、無名人なので発信力がないからです。無名人で有力な情報を流している方は要注意な点です。

 

以上です。