快か不快か?をエニアグラムで考察 タイプ1とタイプ7の違いとは?

まず、私の自著「俯瞰経営学からの抜粋です。

 

次に、人間心理や行動の深堀りをします。

 

ほとんどの人間は経済学が描くように、合理的に動いていません。不合理を描いた行動経済学のほうが現実的な見方です。ものすごくシンプルに考えると、「快か不快か、損か得か」で動いていると思えてきます。

 

快か不快かは感情的側面であり、損か得かは合理的側面でしょう。従来の経済学が描く人間像は「損か得か」でしたが、現在の行動経済学「快か不快か」の感情面を考慮した不合理な存在を前提としています。

 

そして、快を与え、得させると思わせれば、ほとんどの人間は味方につくか、動くのではないでしょうか?自分が不快で、損してまで動く動機の人は、自分のプライドや道義や正義感などで動く人でしょう。自分の中に、正義像、ヒーロー像があるのでしょうね。

 

NSAを暴露したスノーデン氏が該当するでしょう。アメリカの不正義を見過ごせなかったのです。不快で、損をする行動をなかなか人間はしませんが、スノーデン氏は命の危険を冒してまで実行しました。

 

 

ちなみに、快か不快かは、美しいか醜いかや(視覚)、おいしいかマズイかや(味覚)、いい匂いかくさいか(嗅覚)や、触り心地がいいか悪いか(触覚)や、いい音(声)かそうでないか(聴覚)や、気持ちいいか気持よくないか(複合、総合的)など、幅広く含みます。

 

感情以外の要素も入るということです。損か得かは、打算的です。他の軸として、マズロー欲求説があるでしょう。自己実現欲求(自分の力がどこまで通用するか?大リーグに挑戦する野球選手が典型例)や、承認欲求(マウンティング含む)などもあるでしょう。または、他の軸があるかもしれません。以上、ここまで。

 

ここでは、「快か不快か?」の軸をエニアグラムと絡めて深堀りしていきたいと思います。「快か不快か?」はアメとムチという別表現でも表せますね。

 

快で動くとは「視覚、味覚、嗅覚、触覚、聴覚」などの五感と、楽しさなどの快感をここでは指し示すことにします。本当なら、自己実現欲求も、承認欲求も快に入るのでしょうが、話が複雑になりすぎるので、省きます。

 

快で動く人の典型例はエニアグラムでいうタイプ7の人です。楽しいことだけをやりたい人だからです。

 

不快で動く人の典型例はエニアグラムでいうタイプ1の人です。完全体になりたい完璧主義者なので、不を取り除きたいからです。

 

世の中では、快を与えて「楽しいんだよ」給料などの実利や社長賞などの名誉などのアメで、モチベーションを上げるマネジメントもありますし、不快を与える、つまり、できなかったら解雇や、叱られるというムチのマネジメントもあります。

 

外資系は典型的なムチ志向であり、アメリカ社会自体が実力主義であり、大リーグも年俸制であり、成果をだせなかったら、解雇システムです。これはいわゆる追い込まれるシステムです。アメよりも、ムチを感じる人が多いシステムではないでしょうか?

 

そして、ムチのシステムに合致した人がタイプ1の人なのです。タイプ1は叱られたくないという気持ちが強いですし、完全体になりたいという欲求(これは自己実現欲求に近いですが)のせいで、不を取り除く性質なのです。

 

「不を取り除くということは、弱点、弱みを消す」ということです。一流プレイヤーの多くは目立った弱点はありません。なぜなら、少しでも弱点があると、そこを突かれて負けるからです。弱点、弱みを消すという意味では一流プレーヤは抜け目がありません。そして、タイプ1も弱点、弱みを取りのぞくインセンティブが強いのです。

 

対して、タイプ7は楽しいことをやりたい、つまり快を求める人なので、不快なことはなるべく避け、弱点、弱みを潰すというよりは、強みを活かすという視点になりがちです。

 

ブロガーのちきりんさんはタイプ7だと思われます。ちきりんさんは「企画や考えることが好きでそれに特化したくて、泥臭い実行段階は他の人に任せたい」と言っています。また、「強みを活かそう」とよく言っています。つまり、「弱み、弱点を潰す、不快なことをするよりも、強みを伸ばす、快なことをする、楽しいことだけをしようという人」なのです。

 

また、楽しいことをやるということはクリエイティブ職に向いていると思われがちですが、そうではありません。1「自分が楽しむこと」と、2「他人を楽しませることに喜びを感じる」は違うからです。

 

1は消費者です。2は本物のクリエイターです。1と2の違いが分かっていない人がクリエイティブ職を目指すと、大きな壁にぶつかるでしょう。2の人がクリエイターなのですが、他人を楽しませることに喜びを感じるというのは多少、顧客に迎合する部分もありますし、自分を抑えるときもありますし、自分が楽しむことを大いに犠牲にするので、それなりに苦痛だからです。

 

仕事とは「強みを活かして他者に貢献すること」でもあります。強みを活かすというのは得意だからこそ、人に価値を与えられるレベルの質を担保できますし、競争にも打ち勝てますし、さらに、その強みで他者に貢献するのだから、価値を感じてもらい、お金を支払ってくれるからです。(もちろん、一流は弱点、弱みは潰していることが多いです)

 

強み(得意)だからといって、一概に好きと完全にイコールなわけでもないです。「下手の横好き」という言葉もあります。好きでも得意じゃないのです。つまり、強み(得意)と好きは別物です。

 

クリエイティブ職の人は、好きな部分を出せないことも多いのです。顧客にマーケティング的に迎合したりするので、自分の好きや価値観を抑える場合も多いわけです。そうなると、自分が楽しくなくなります。だから、自分が楽しむのではなく、他人を楽しませることに喜びを感じないと長くは続けられないのです。

 

もちろん、他人を楽しませることに喜びをかなり感じるタイプ(エニアグラムでいうタイプ2)でも、自分の個性は少しは出したいと思っているでしょう。その兼ね合い、割合が難しいのです。どこまで、自分の好き、価値観を出し、どこまでマーケティング的にも他人に喜んでもらえるか?を追求するのがクリエイティブ職だからです。

 

自分が楽しむだけの人はクリエイティブ職に向いていません。そこを勘違いしない方がいいです。タイプ7の人で、自分が楽しむだけが大事だと思っている人は、おそらく他者目線(他人を喜ばせる)や、顧客目線(マーケティング的にどの層に受けるかなど)がないので、クリエイティブ職には向いてないはずです。

 

この点は要注意な点でしょう。

 

整理しましょう。

ともかく、タイプ7の快、楽しさを求める人の弱点は「不快なことに携わらない、つまり、弱点、弱みを潰さないこと」や、「自分自身が楽しむ」に重点を置きすぎるという点にあるように思います。

 

タイプ1の不快、不を潰す人の弱点は「弱点はないだろうかと、弱点にこだわりすぎて、強みに重点が置かれない点」にありそうです。

 

逆に、タイプ7の快、楽しさを求める人の長所は「役割分担をでき、強みだけに特化できる点」(つまり、企業に所属した方が本来ならいい)や、「自分自身が楽しむ=他者もミラーニューロンにより、楽しさを感じるお笑い芸人など」に向いていることだと思います。他者に警戒心を抱かせない点、ユーモアがある点もタイプ7の良い点でしょう。

 

タイプ1の不快、不を潰す人の長所は「一流アスリートになりやすい点やオールラウンダーになりやすい点」(弱点、弱みがないので)や、大リーグや外資などの成果主義システムでは底力を発揮しそうだという点や、「嫌なこと、苦手なことでも頑張れる点」が挙げられます。

 

この話題を学歴まで拡大して考えると、東大や京大などはタイプ7の人が少なそうという仮説が立てられます。なぜなら、苦手科目があると受からないからです。タイプ7は苦手や弱点を潰すのが嫌いなのですから。タイプ1の完璧主義者は東大、京大に多そうという推測です。苦手科目も潰しますからね、彼らは。

 

早稲田や慶応にはタイプ7はわんさかいそうです。受験科目もかなり多様に選べます。オールラウンダーじゃなくてもいいのです。

 

どうでしょうか?エニアグラムでここまで性格や価値観が変わってくるのです。タイプ1と3の分析は散々やりましたが、タイプ1とタイプ7の対比も面白い論点ではないでしょうか?

 

ちなみに、一概にタイプ1だから、タイプ7だから類型的にこうだ!とは決めつけられません。いろいろな要素を人間は持っていますので。さらに、私自身はタイプ5が一番強く、タイプ1は2番目なので、別にマウンティングしているわけでもないです。タイプ5が一番、優秀で凄いヤツだと主張しまくりでしたら、あからさまなマウンティングですけどね。

 

以上です。