上司はわざと褒めない

今回は「上司はわざと褒めない」という話について論じたいと思います。

 

「上司は一流プレイヤー、つまり、結果を残した人がなる場合」と「二流のプレーヤーなど、結果をそれほど残していない人がなる場合」があると思います。

 

「名選手、名監督にあらず」という格言もあります。

 

一流プレーヤがなる上司は部下の才能を潰す可能性もあります。いわゆる、「できる人」が「できない人」の気持ちが分からないことなどから生じると思われます。

 

 

「できない人の気持ち」まで配慮し、理解できれば、マネジメント面でも成果を発揮できるかもしれません。

 

そして、二流以下のプレーヤーの上司としての代表例が、錦織圭選手を応援している松岡修造さんでしょう。(直接のコーチは違いますが) 

 

本来なら、錦織圭選手の方が実績も素晴らしく、松岡さんの意見など無視してもいいはずです。ですが、ある程度、聞いている?のは松岡さんの熱意にほだされているからではないでしょうか。

 

さらに、松岡さんは錦織選手をあまり褒めません。まだ上を狙えると盛んに言います。これは、一流プレーヤーには通用する言葉でしょう。一流プレーヤーだからこそ、「結果を出した人の言うことしか聞かない」という視野の狭いことはなく、「自分を本気で応援し、上を狙うように仕向けてくる人の期待に応えよう」と頑張るのではないでしょうか。

 

松岡さんはわざと褒めないのかなと感じます。ここで認めてしまえば、錦織選手が慢心してしまい、上を目指さなくなると思っているのでしょう。正直、錦織選手はよくやっていると思いますが、松岡さんは「自分だけはわざと認めない、褒めない」ことで、錦織選手の向上心に火をつけ続けるつもりだと推測します。

 

他の例では、大谷選手は世間やメディアからの評価は高いですが、日本ハムの栗山監督だけは「褒めない」で、叱咤激励しています。これも、安易に認めて、褒めてしまえば、向上心が消えてしまうという危惧からでしょう。

 

つまり、ある程度、結果を出しているのに「わざと褒めない」ということは、「あなたなら、もっと上を狙える。現時点で満足しないで欲しい」という期待の裏返しのメッセージなのです。

 

ここで、わざと「嫌われる役割」を買って出る上司もいるかもしれません。結果をある程度、出しているのに、「まだまだだな」と挑発する上司です。部下からは「これでも認めないのか。畜生」と、頑張り続けます。(しかし、内心はその上司を憎んでいるかもしれません)

 

このように褒めるだけがマネジメントじゃないのです。「見込みのある、才能のある人間にはわざと褒めない、認めない戦術」も効果的というわけです。

 

もちろん、本当に見下して、認めない人もいるので、その見極めは重要です。やはり、二流か、一流のプレーヤだった実績のある、ある程度の評価基準がある人が「わざと褒めない、認めない」からこそ、価値があるのです。

 

四流か凡人が「認めない戦術」を使っても、評価基準がそもそも信頼が置けないですから、本当に見下している可能性が大ですので、気をつけましょう。

 

以上です。