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目次

  
  1. 教わる力
  2. 大学受験など
  3. 情報処理能力
  4. 速読と文体
  5. コミュ力の下手な人の特徴の一つとして伝え方があるという話
  6. 多様性について
  7. 大学入学後の改革

 

教わる力

  

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他にも、気づく力とは「教わる力」であり、吸収力とも言えでしょう。勉強や仕事を学ぶだけでなく、勉強や仕事を学ぶ「学び方」を知っているということです。

 

詳しくは、「すべての「学び」の前に鍛えるべきは、「教わる力」である。」という本に載っています。

 

 

その本によると、教える側のやり方は素晴らしくても、教わる側が下手だと伸びないそうです。これも、気づく力の一例でしょう。

 

著者の本には「結果を出すために、最短の道で目的を果たすために、他人の判断軸や経験を使うといい」ということが書かれています。自分の経験軸や手法では、限界があります。普通は目的を達してから、自分のやり方が良かったと分かるからです。

 

自己流でやるより、他人や先輩たちの成功体験を取り入れ、借り物だとしてもこなした方が近道です。著者はそのための手法として、ビジネスの世界ならば、キュレーターを活用するといいと書いています。

 

私のようなビジネス書を多読してきた人間の智恵を借りた方が、自己流で調べて判断軸を作るより、楽だということです。読者の方は私の判断軸をまずは借りて、そこから自分流を作るのもありかと思います。自分流の作り方については著者の本を読むとさらに理解が深まるでしょう。

 

また、「知っている、わかる、できる」の3段階があり、「それ、知っているよ」という人はいますが、「できる段階」にまで昇華させていない人が大半だそうです。

 

私は書評や本を書いていますが、専門外である「会話で人に説明すること」は非常に難しいことだと実感しています。できる段階とは会話で人に分かりやすく説明できることでしょうね。

 

文章でアウトプットもそれなりに難しく、十分だとも言えますが、大半の人は本を読まないので、口頭で説明できると、執筆が専門だとしても、一皮向けたレベルになると思うので、頑張ってやるようにしています。

 

やってみれば分かりますが、本を読んでちゃんと吸収して、人に説明できるレベルまで達するのは意外と難しいです。怠惰な人は本なんか読ませずに、「説明して」と言ってくるでしょう。

 

内心は「本で学ばず、人を頼りにして楽しようとしているなぁ」と感じますが、執筆家としても一皮向けると思って、説明する努力をしています。このように、できる段階にまで持っていくことが教わる力として重要です。

 

ちなみに、気づきとはビジネスや学問だけでなく、人間関係全般にも適用できます。気づきがあり、察する能力が高い人はいますよね。女性の気持ちを察する能力が高い男性などです。加えて、仕事や日常生活でも気づきは適用可能です。

 

家族の健康や態度の異変、仕事上のトラブルの予兆などを察知できるのも、気づく力があればこそです。これらの能力があれば、社会人として、成功しやすいでしょう。HSPのように病的になると困りますが。鈍感力で中和できればいいのですけどね。

 

 

大学受験など

大学受験で、これらの能力の一部を確認するために、国立の場合、従来のセンター試験(理系は存続でもOKかも)で、知識の確認をします。

 

英語は民間の外部試験でもOKにします。国語は論文プラットフォームで修行の場を提供し、小論文を課します古文、漢文は廃止します。(文学部限定です。この改革は抵抗勢力が猛反対するでしょう)

 

論文で「学問の創造力」と論理的思考力と文章力を測ります。未来予測を論文プラットフォームで書いてもらい、予測がどれだけ的中したか、つまり予測力も鍛えることができるかもしれません。

 

歴史は近現代科目を作ります。(世界史、日本史両方含む) 歴史科目はセンター試験では知識の確認を主とし、2次試験では歴史学の面白さを垣間見ることができるような内容にします。記憶力と根気と勉強体力が測れるでしょう。

 

政治経済や地理は現行のままでOKかと思います。理系は詳しくないので、よく分からないのが正直な意見ですが、ノーベル賞受賞者も多数輩出していて実績を出しているのと、数学と物理は基本的に思考力が問われるので、従来のままでいいのではないでしょうか。

 

情報処理能力

逆に問う必要性が弱くなったのが、情報処理能力です。情報処理能力はある程度、必要ですが、どちらかと言えば、思考力や創造力の方が重要度は高いと言えるでしょう。

 

情報処理能力は時間制限内に、どれだけ解けるか?さらに、問題の難易度を見極め、どの問題に着手するか?という判断力を従来は測られてきました。

 

ですが、センター試験が変わるとしたら、情報処理能力と判断力の判定にあまり重きを置かなくなる可能性があります。情報処理能力と判断力をどう扱うか?は議論すべきでしょう。

 

情報爆発の時代においては情報処理能力は必要ですが、大学入試で問う必要性があるのか?疑問です。それこそ、面接による口頭で確かめることが可能だと思うのです。

 

早口な人は情報処理能力が高いと思われます。また、早口な人の言葉を聞いてきちんと理解している人も情報処理能力が高いです。この2点で情報処理能力は確認可能です。

 

ゆっくり喋ることしかできない人は情報処理が遅いのです。早口な人はゆっくりも喋れますが、その逆はありません。面接か、論文プラットフォームでの動画投稿などで確かめることができる能力です。

速読と文体

また、情報処理能力とは速読できる点でも共通項は多いでしょう。速読できる人は文章を音読化して読んでいません。目で、つまり視覚で読んでいます。

 

私は速読ができません。なぜかと言うと、音読化を長年してきており、強固な癖がついて、目だけで読んでも理解できなくなってしまったからです。速く読むとしたら、速聴みたいに早口で文章を追うくらいです。

 

しかし、この音読化で文章を多読してきた訓練により、書く際はリズム感がある文章を書けるようになったと考えています。書く際は音読してみて、リズム感があるか?を確認した方がよいと文章読本では言われています。

 

書く際には音読化は役立っていますが、速読ができないので、情報処理は遅いです。情報処理能力はこのように紙一重の問題です。

 

速読という点においては。書く側に回る(表現力をつける)としたら、視覚だけで情報処理を素早く訓練しているだけではリズム感のある文章は書けないかもしれないです。

 

さらに、どのような文章をお手本にし、多読するか?は非常に重要です。下手な文章を多読して、音読化したら、変な癖がついてしまいます。そうなると、下手な文章を書くといことにつながるでしょう。

 

大学受験の現代文の文章は基本的に私は駄文だと思っています。あれをお手本だと思って、多読していたら、下手な文章を書く人が増え、氾濫するのではないでしょうか。私は、市販のビジネス書で、しかも良書で分かりやすく書く本を好んで読んできて、お手本としてきました。

 

私の文章が読みやすいと読者が思われたなら、市販のお手本としてきた文章のおかげです。大学受験の現代文は決して、お手本にはしていません。できるだけ、避けてきました。

 

現代文はわざと難解にしているのですから、その文体を真似たら、自身も難解に書くようになるだけです。よって、お手本というのは大事なのです。

 

現代文廃止を唱えているのも、お手本としても意味をなさないし、悪癖がつくし、文章力(表現力)もつかないからです。センター試験で、答える際、消去法で、もしくは正解を最初から選べたとしても、文章力は絶対に身につきません。

 

さらに、あの文体を多読していたら、悪い癖までついてしまいます。(難解に書く癖がつく) 文章力とは、実際に書かないことには身につきません。

 

だからこそ、論文プラットフォームで訓練の場を提供するのです。読んでいるだけで、文章力が身につくとしたら、良い文章を音読か、音読化して多読したときでしょう。

 

文章力については以下の記事で私の文体についての悩みが書かれています。

 

しかし、文章がいかに上手くても、中身がなければまるで意味がありません。内容のない文章を読ませられたときほど失望感や時間の無駄だと感じさせられることはありません。

 

内容文体や文章力です。重きを置くのは内容です。小説であれば、文体は重要です。

 

いや、小説とはそもそも文体や文章力で読ませるものです。文体や文章で惹きつけられて、ストーリーと相まって、魅せられていきます。

 

論文やビジネス書の場合は、内容>文体や文章力 の構図です。小説とは違います。小説家になる人は一部であろうし、ビジネスや論文を使う人のほうが大多数ですから、まず伝えるべき内容をしっかりと磨くようにしたいところです。

 

文体や文章力を軽視しているわけではありません。「伝え方が9割」という本が売れましたが、伝え方も大事です。ですが、内容がない場合、読者は失望します。しかし、伝え方が大事なのも事実です。

 

コミュ力の下手な人の特徴の一つとして伝え方があるという話

ここからの文章は以下の記事と同じことを書いているので、読んだ方は飛ばしてかまいません。

 

ここで、コミュ力の下手な人の特徴の一つとして伝え方に言及しますね。私自身の体験談を話します。私は読む・書く・聞く能力は高い方だと自負しています。

 

読むは超速読レベルではないですが、ある程度速く読めます。そして、しっかりと理解し、要約もできます。書くは職業なので、論理立てても書けますし、エッセイ風にも、または短編小説なら書けます。

 

聞くは、きちんと頷いて聞けますし、早口の人の言葉も理解できますし(早口が理解出来ない人も世の中にはいます)、返しもある程度します。

 

ここで伝え方の話になります。つまり、話すのがそこまで得意ではないのです。話すのはある種のスポーツのようなものであり、瞬間反射・反応です。話すのが上手い人は、準備をして考えて話さなくても、口からどんどん言葉が出てくるのです。

 

私は専門知識の話をするとき、話すことが下手だったようです。それは指摘されて分かりました。専門知識を話すときはバーとまくしたてるように話す癖があったのです。

 

それは自分の書く構図、つまりひらめいたら一気に書くスタイルと一緒です。自分の執筆方法を話す際に、無意識に適用していたのです。しかし、これはコミュニケーションになっていません。

 

コミュニケーションとは相手ありきです。相手の反応を見ながら、話さないといけないのです。専門知識以外のときは、普通に喋れてます。(コミュ力という意味では私は大丈夫です)

 

専門知識のときだけ、余裕がなくなり、忘れないようにと、相手の反応も見ずに、まくしたてるように話していたのです。(執筆のときのように)

 

これでは、相手は高圧感を感じ、たとえ正しいことを言われていても、嫌な感じを受け、受け入れたくなくなるでしょう。

 

私はこのことを指摘され、自覚したので注意し、話すようにしたところ、ある程度、上手くなりそうな気配があります。

 

人間は歳を重ねれば重ねるほど、誰も注意してくれなくなります。私もこの歳まで随分、損をしてきました。おそらく、専門知識を話す際は、たとえ正しいことを言っていたとしても、誤解されていたことでしょう。

 

人間は自覚しないと、悪い箇所が分かりません。私は話すことに何となく苦手意識を持っていたのですが、今回の自覚によって、ある程度、矯正できそうなので、良かったと感じています。

 

悪い箇所が判明すれば、後は修正し、場数を重ね、実践あるのみです。それを無意識にできるようになれば、もはや苦手からは脱却できたと言えるでしょう。

 

このように、コミュ力で話すこと、言わば、伝え方が悪いと、良いことを言っていても誤解されてしまいます。損なので、直した方がいいのです。伝え方は大事です。コンテンツももちろん大事です。

 

しかし、伝え方もきちんと鍛えないと、コンテンツの良さが活かせないでしょう。コンテンツありきなのですが、伝え方に十分注意し、損をしないようにしたいものですね。

 

最後に、読む・書く・聞く・話すはそれぞれ別能力だと思っています。それぞれを上達させるにはそれぞれで訓練しないといけません。私のように、執筆はできても、話すのが苦手な人はいます。逆に、話すのが得意でも、書くのは苦手な人もいます。4技能は別モノだと捉えた方がいいでしょう。以上、ここまで。

 

多様性について

また「多様性」を私の案では加えていませんが、これは前提として必須だと思ったからです。さらに、求める能力や人材像でもありません。

 

多様な人材を必要とし、大学に入れるという環境構築の話です。だから、敢えて、求める能力に加えなかったのです。別の部類に入ります。多様性が大事なのは異論はありません。

 

多様な人材から構成されるチームは平均値こそ低いですが、画期的なブレークスルーを生み出します。似通った人材から構成されるチームは、平均値こそ高いですが、画期的なブレークスルーは生み出しにくいです。

 

このことは、2004年の「ハーバード・ビジネス・レビュー」のフレミング氏の論文に書かれています。

 

またビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学からの内容を拝借します。

 

 

多様性とは「組織の全員が同じことを覚えていること」ではなく、「組織の誰が何を知っているのかを、組織の全員が知っていることである」ことが大事ということです。

 

英語で言えば「Whatではなく、Who Knows Whatである」ということです。多様性が大事というのはこういう視点からも見ることができます。

 

さらに、多様性は2つに分けられます。「タスク型の人材多様性」「デモグラフィー型の人材多様性」です。

 

前者は実際の業務に必要な「能力・経験」の多様性です。多様な教育・経歴・経験バックグラウンドですね。

 

後者は性別、国籍、年齢などの「目に見える属性」についての多様性です。前者は組織に良い結果をもたらすそうです。後者の多様性は重要でないどころか、組織にマイナスを及ぼすこともありえるそうです。

 

また、「男☓日本人」だけの会社に「女性☓30代☓日本人」をいくら加えても、その女性たちだけで集団を作ってしまいがちです。

 

ここに「女性☓50代☓日本人」「男性☓アジア人」など、つまり、いろいろなデモグラフィーを加えれば、組織内での共通項を持った人材が集団を作らなくなるので、多様性の良さが活かされます。

 

しかし、ホモフィリー(似た者同士がつながりやすいこと)により、男性は男性だけで集団を作ります。そうなると女性は入り込みにくくなります。さらに女性同士の人脈は情報の層が薄いそうです。

 

しかし、これらはオフライン、つまりリアルな交流の場面のおいてであり、電子メールなどのオンラインの交流では、女性は人脈づくりに熱心です。

 

オンラインでは女性同士の交流も活発であり、さらに組織の垣根を越えた人脈を形成しています。(男性は、組織の垣根を越えた人脈は女性よりも形成しないようです)

 

加えて、理想のリーダー像はトランスフォーメーショナル型が良いそうで、女性がなりやすいそうです。詳しくは本を読んでください。

 

このように、多様性を確保するといっても、単にいろいろな人材を集めれば良いわけではないのです。

 

大学入学後の改革

大学受験の改革はこれくらいです。

 

大学入学後の改革も重要です。ここが一番、疎かになっているのが日本という国だと思っています。ペーパー試験で高学歴のシグナルだけでポテンシャルがあると判断して、企業で育てるという方針だったからです。今はそれなりに大学でも教育して欲しいというふうに変わってきましたが。大学ではとにかく読書を大量にこなさせることです。和書、洋書の良書を中心に。または論文です。そして、たくさん書かせます。

 

果ては、グループディスカッションなどで議論します。アクティブラーニングも効果があるでしょう。インプット、アウトプットを大量にこなすのです。理系は細分化した専門分野を学んでいくので、幅広く読書できないかもしれません。

 

本書は、あくまで教育本でして(人生の指針書とも言えますが)、詳しい民間の経営については自著「俯瞰経営学を読んでもらえればと思います。(まだ販売していません)

 

経営学、つまり民間、ビジネスを俯瞰している全体象を描いた本なので、皆さんのサバイバルに役立つと思います。

 

私の本は参考文献からかなりアイデアを借りました。参考文献を掲載したり、引用元を示したりしたのは、著者に敬意を示したためです。ちなみに、引用は多少、内容ではなく、文体や形式や長さを変えていることはご承知ください。

 

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参考・引用文献。

 

「すべての「学び」の前に鍛えるべきは、「教わる力」である。」

ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学