「今の日本の教育改革のネタ元本6 第9章」(ネタ元本6には第9章と第10章が入ってます)を無料で公開します。

目次

  
  1. 大学に入学してからの分析
  2. アメリカと日本の大学生の勉強の熱心さの違い
  3. 日本の大学生が勉強しない理由
  4. 日本企業の現状とその他
  5. 日本の大学生の勉強が少ない理由(追加)
  6. エリートとアメリカとシステムの話
  7. 大学入試システムの背景、問題点など

 

大学に入学してからの分析

  

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第9章 「大学入試で、日米間に差がついていると思われているが、本当だろうか?」

 

今まで、日本の大学入試の問題点を挙げてきました。インプット偏重で、「編集・加工」の過程やアウトプットが見られていない点。経営系・ビジネスの適性とコミュ力が見られていない点。

 

創造力もありますが、後で述べます。文章力は、第7章で多少、述べました。

 

解決策として、アメリカを真似る選択肢もあります。SATのような基礎学力だけを測り、あとはボランティア活動や論文などの総合的観点から選抜するのです。

 

ところで、日米間でイノベーションに差がついているのは本当に日本とアメリカの大学入試に原因があるのでしょうか?私の推測ですが、大学に入学してからの差も大きいのではないかと睨んでいます。

 

アメリカの大学では、学生の読書量は本当に多いです。4年間で、平均して400~500冊ほどの本を読むといいます。さらに、ハーバード大学やイェール大学のような一流大学の学生になると、4年間の平均で1000冊もの本を読むそうです。

 

アメリカの大学では、学生は熱心に勉強しなければ、卒業や進級ができません。授業の前に読んでおくべき課題図書は内容が難しいものが多いです。学生は毎日、頭をフル回転させて、本を読んできます。

 

その一方で、日本の大学の学生は4年間の平均で、わずか40~50冊しか本を読んでいないそうです。アメリカの学生の10分の1の読書量では、いかにも心もとないです。

 

インプットする量が減れば、アウトプットも低下します。アウトプットはインプットの量に比例するのが普通です。

 

「基礎的な知識」は当然のこと、「基本的な情報」を追いかけ、思考力によって、知恵(アウトプット)に変えなければなりません。

 

日本の大学生は、読書量が圧倒的に少ないわけです。特に、文系学生は理系学生と比べて、遊んでいるとよく言われます。日本の文系がアメリカと比べて圧倒的に弱いのは、読書量(勉強含む)が原因なのでしょうか。

 

読書だけでなく、勉強の少なさについても、日本の大学生は顕著です。

 

日本の大学生は、全体の8割以上が1週間に10時間以下で、驚くことに、まったく勉強をしないという学生も1割います。これに対してアメリカの大学生は、全体の6割近くが週に11時間以上、約2割が週に21時間以上、授業に関連した勉強をしています。

 

もちろん、まったく勉強しないという学生はほぼいません。これが現実です。

 

 

アメリカと日本の大学生の勉強の熱心さの違い

では、なぜ、アメリカと日本の大学生では、勉強の熱心さに違いがあるのか?を見ていきましょう。

 

1 アメリカでは大学の成績が大学院の進学の重要な決め手となります。

大学での学業成績が就職や大学院進学への決め手となるために、アメリカの大学生は猛烈に勉強します。どの大学院に進学できるかは学部の成績が大切だから、勉強します。

 

アメリカは学歴社会です。ハーバードなどのビジネススクールとそうじゃない卒業生とでは、初任給から異なる上に、その後の昇進・昇給にも差が生じます。

 

2 奨学金の充実と苛酷さ。

アメリカの大学は学費が高いですが、奨学金も充実しています。しかし、成績が悪いと容赦なく打ち切られるので、学生たちは必死です。

 

3 大学での成績管理の徹底。

大学での講義において小試験が頻繁に実施されるから、学生は予習と復讐をしっかりこなします。日本の大学の期末の試験のように徹夜すれば合格するものではありません。

 

また、日本では企業が大学での成績を重視してないので、学生は勉強するモチベーションが持てないという要因もあります。

 

4 高い授業料を払っているという意識。

日本では大学入学がゴールと勘違いされています。アメリカの私立大であれば学部生で年額200万から400万円の高い授業料なので、元を取ろうとする気持ちが働きます。

 

日本の大学生が勉強しない理由

日本の大学生が勉強しない理由は、過酷な受験勉強の反動で志望校に入ることだけが目的化し、試験に合格して入学すれば、それで「上がり」という意識に陥りやすいからです。

 

スタートラインに過ぎないのに、大学入学がゴールラインになり、入学後、解放されてしまいます。遊びやバイト、サークル活動にのめり込み、授業中は疲れて居眠りか、スマートフォンをいじります。それでも定期試験の前にノートと過去問題を集めれば、単位だけはなぜか取れてしまいます。ちなみに文系の話です。

 

日本の大学生が勉強しない理由は、学歴フィルターがあることもあります。学歴フィルターがあるのなら、下位大学生は努力しなくなるでしょう。

 

さらに、大学名で就職が左右されるとしたら、大学在学中の学業成績が考慮されないということです。最近は、学業成績を重視し始める企業が出てきましたが。学業成績の判定も難しいです。楽勝科目ばかり要領よく選べば、オールAが取れてしまうからです。

 

大学での専門知識を重視しない企業側の姿勢も大学生が勉強しない理由です。(特に、文系)

日本企業の現状とその他

日本の大学生が勉強や専門知識を深めなくても、問題なかったのは企業が徹底的に訓練するつもりだったからです。手間のかかる育成が可能だったのも、資金が豊富にあったからです。

 

また、終身雇用が理想であり、訓練後に社員が離職や転職することはないと考えており、自社で長期間働きそうな社員に訓練を施しても、中途で辞めないのでムダではないと捉えていました。

 

しかし、ここ20年間ほどで環境は大きく変化しました。資金の余裕度は下がり、雇用においても解雇や転職を行ってもよいと考え始めました。

 

つまり、企業が自前で社員に訓練を施すよりも、即戦力を求め始めたのです。即戦力ならば、大学である程度の訓練を施してもらったほうが良いでしょう。

 

企業は大学院修了者をもっと採用すべきかもしれないです。今の日本の企業では、大学院修了者は、頭でっかちで使い勝手が悪いと捉えられています。

 

若くて元気で真っ白な学部卒の若者を一から鍛えたいのです。体育会系が重宝されたのはそういう理由からです。

 

アメリカの大学生が猛勉強している理由は、大学院に入るために相当ハイレベルな成績を求められ、かつハイレベルな成績を取れば、ハーバードのビジネススクールやロースクールにも進学可能であり、アメリカの企業が一流大学院の修了者を採用対象の中心にするからです。

 

日本も大学院重視策を取れば、大学生がきちんと勉強するようになるかもしれません。課題は奨学金制度の貧困さや、大学院卒を優遇する制度の定着に時間がかかることでしょう。

 

日本の大学生の勉強が少ない理由(追加)

日本の大学生の勉強が少ない理由は、まだあります。

 

アルバイトに忙しい点です。高い学費と生活費を捻出するためです。遊興費のためもありますが。高い学費の解決策は、国家に期待せざるを得ません。

 

大都市地域の学生(特に自宅外の学生)の生活費は高く、働く場所が豊富です。大都市地域の大学に進学する理由はアルバイトの容易さもあるでしょう。

 

企業側の問題だけでなく、大学にも問題があります。大半の大学教員は研究ばかりで教え方が下手なのです。偏差値の低い下位高は、教育を重視すべきかもしれません。

 

アメリカは奨学金の基準が厳しいです。奨学生は相応の学力をシビアに求められ、基準を満たさないと、家が貧しかろうが、親が病気であろうが、容赦なく援助を打ち切られます。日本の大学も学生を追い込むべきでしょう。

 

エリートとアメリカとシステムの話

さて、日本の大学生がいかに勉強や読書をしないかが判明しました。そして、日本の大学生が勉強しない理由は企業側と大学側、また学生(アルバイトなど)にもあることも分かりました。

 

ただ、イノベーターは一部のエリートが中心になればいいので、日本の高学歴層がアメリカのエリート大学と比べて読書量(勉強量)が劣っていなければ問題ないかもしれません。

 

しかし、エリート以外の大学においては日米で差がついているようです。日本の高学歴層がアメリカのエリート層と遜色ないレベルまで読書(勉強)しているかどうかについては、私は知りません。

 

後の要因として、アメリカが世界各国から優秀な人材を呼び寄せている点が大きいと思われます。日本では、アメリカと比べたら留学生の数は少ないです。

 

アメリカには、各国の偏差値70の人材が集まってくるのです。野球で言えば、大リーグのようなもの。日本の一流の野球選手が大リーグに挑戦するように、アメリカに各国の一流学生がやってきます。

 

ともかく、人材の質でアメリカに負けていると思われます。後は、資金力でしょうか。日本の立ち位置をどうするか?真剣に考える時代です。

 

大学入試で差がつくより、大学入学後の読書量(勉強量)の差(特に文系)と、各国から優秀な人材を集めていること、そして起業の文化が大きいと予測します。また、大学生が勉強しない理由は企業などが絡む構造的問題だとも言えるでしょう。

 

もちろん、大学入試も変える必要はあると私は考えます。

 

また、今の日本の大学入試の成績上位層は未来の大学入試が、思考力重視や小論文や面接重視にシフトしたとして、将来その大学入試を受けるとしても、上位層の顔ぶれはあまり変わらないと感じます。

 

理由は、頑張る奴はどんなシステムでも適応し、頑張るからです。WBCの野球で、第1回で日本が優勝し、第2回でシステムが大幅に変わりましたが、それでも日本は優勝しました。第3回、第4回は大リーグ組がほぼ参加しなかったので、優勝はできませんでしたが。(第4回は青木選手1人だけ)

 

ですが、上位層の顔ぶれが変わらないからといって、大学入試の内容を時代に合わせて変えないことは良くないです。インプットの質が変わるからです。

 

大学入試システムの背景、問題点など

ノウハウは意味がありますが、コンテンツは意味がないと言われてきました。コンテンツもそれなりに意味があるようにすべきでしょう。学生の大切な貴重な時間なのです。

 

経営系・ビジネスの適性とコミュ力を測るように大学入試をシフトさせることはおそらく難しいでしょう。高校時代を見て推薦なら、ある程度可能かもしれませんが。

 

大学入試はそもそも学問の適性を測るので、経営系・ビジネスの適性は商学部経営学部ぐらいでしか見ることができません。コミュ力といっても、営業力やマネジメント力など、短時間の面接では見ることができないでしょう。単に、ノンバーバルを少し見ることができるだけです。

 

インプット(知識)偏重は修正できる可能性はありますが、マーク式では限度があり、本格的に見たいなら、小論文になります。その小論文は、採点者の主観が入るので、公平さが消えます。日本の大学入試は公平で、点数が高ければ合格で、生まれも育ちも金もコネも関係ありません。

 

アメリカでは、そのどれもが関係します。もっとも、それが合理的なのでしょう。生まれ・育ち・金がある家庭に育てば、子どもも立派に育ちやすいからです。日本では、公平さは担保していますが、いい人材を採るのに手段を選ばない合理的な考え(生まれ・育ち・金が良い子どもを育てる)は捨てています。

 

日本の大学が、公平さを捨てて、経済合理性で、良い人材を採る方向にシフトできるのでしょうか?良い人材を採りたいなら、手段を選ばず、高校時代からずっと見て、小論文、面接も課すのが良いでしょう。もちろん、基礎的なSATのような試験は受けさせます。

 

日本の大学は、心の底から、ペーパーテストで上位の人を入学させたいと思っているのでしょうか?その人を面接やあらゆる方法で見ずに?企業は解雇が大変なので、慎重に人を採用します。そして、企業の生き残りが懸かっているので、真剣です。

 

日本の大学は、公平さを言い訳にして、真剣に選ぼうと思っていないのではないでしょうか?

 

また、学問の適性しか見ることができない限界(大学教授は学問の王者である)と、選抜コストがかかるのも原因でしょう。大学にも人事部みたいな部署を作ったらどうでしょうか?

 

採用担当みたいなものです。彼らに、各大学にふさわしい学生かどうか判断してもらうのです。そして、選んだ責任をちゃんと事後評価して取らせます。大学入試は従来通りに行いながらです。コンテンツの改善を兼ねて。

 

これらの問題を画期的な改善案で解決したいと思い、第15章で提案しました。「日本論文プラットフォーム」案です。日本の教育改革の秘密兵器かもしれません。大学入試、大学での教育を改善する案です。

 

私の本は、参考文献からかなりアイデアを借りました。参考文献を掲載したり、引用元を示したりしたのは、著者に敬意を示したためです。ちなみに、引用は、多少、内容ではなく、文体や形式や長さを変えていることはご承知ください。

 

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参考・引用文献。