見えている人には見えている世界がある

目次

  
  1. 経験者や知識を得た者だけが知る世界
  2. ホリエモンの例
  3. 参考書での独学と授業派の例
  4. 私の結論

 

 

経験者や知識を得た者だけが知る世界

  

「見えている人には見えている世界があり、見えてない人には決して見えない」という話題について論じることにします。

 

世の中において、ある経験をした者はそれを経験したことがない人には見えない世界を知っています。経験者のみが知るということです。

 

または、経験+読書などによって膨大な知識を詰め込んだことによっても、世界観が作られます。直接の経験こそが、一番の確かな現実であり、納得がいくものですが、伝聞(本や人などから)も、世界観構築に役立ちます。

 

世の中の全てを直接経験するのは不可能なので、トップの意思決定には伝聞が必ず含まれるのです。直接、経験したり、極秘の伝聞情報を聞いた人にとっては、経験したことのない人や極秘に知らされない人にはまったく知り得ない世界観を持っています。

 

私は教育改革を提言した本を書いたり、企画案を書いたりしています。私の構想や企画案は理解できない人には永遠に理解できないかもしれません。前提知識、考え尽くした論理、見えない人には分からない視点・視座があるからです。(こう書くと上から目線だなぁと感じる人もいるかもしれませんが。でも本当にそうなんですよ。ビジネス書や本を読むことの大事さをいくら説いてもわからない人にはまったくわからないのです。「そんなの価値あるの?」と言われる始末で、呆れてしまいます)

 

ま、以下の記事で説明した通り、その人は私を尊敬していないか、行動の制約があるから、意見を聞かないのかもしれませんけどね。

 

 

ホリエモンの例

ホリエモンが、最近、ベーシックインカム構想を強調し始めました。ホリエモンには見えている世界なのでしょう。私は嫌々やっている労働者の方が大半なのだから、月8万支給したら、そんなに働かないと思います。

 

好きなことをやるようになるとホリエモンは言いますが、好きな仕事は倍率が高く稀少だから価値があり、殺到することになるでしょう。そしたら、大して稼げないことになり、大して稼げないなら、月8万+少額の好きなことで暮らしていく人になるか、結局は月8万+嫌な仕事になると思うのです。

 

そもそも、月8万円を国民全員に支給したら、予算が足りなくなり、高齢者から取ることになります。高齢者が許すはずがありません。

 

参考書での独学と授業派の例

また、参考書だけで合格する方法は聴覚派は難しいです。また、かなりの意志力を必要とします。好奇心旺盛で、苦痛を楽しみに変えられる創意工夫ができ、忍耐力がないと独学は無理でしょう。

 

普通の人は、管理される必要があり、普通の人が大半なので、参考書だけで合格する方法は効率的なのは事実なのですが、普通の人にはやはり難しいのです。参考書だけで合格した人は、本当にハイスペックな人材か、自己管理力があるのでしょう。

 

もしくは、勉強そのものが好きなので、知的な分野で活躍できる可能性が高いです。対して、管理により乗り切ってきた人は、学ぶことは実は苦痛です。特に、単調な暗記は苦手でしょう。

 

というわけで、管理により乗り切ってきた人は勉強は消極的な理由でやってきており、知的に前向きかというとそうではありません。だから、大学入試試験は、実用的ではないのは確かですが、勉強や学問に向いているかのリトマス試験紙になっています。

 

莫大なコストをかけて、塾や予備校などで管理され、勉強方法も戦略も教えてもらい、手取り足取りやってきた人材と、コスト最小限の参考書で独学派なら、独学できる人材の方が、コストが安くつきます。

 

後者の人材は入社してからも、独学で乗り切れる可能性は高いです。参考書学習は能動的行為なのです。自ら学び取ろうという意欲がないといけません。

 

利点は、自分のペースでできることとスピードが授業と比べて圧倒的に速いことです。対して、予備校含む授業は、受動的行為です。ただ聞いていれば、ある程度、理解できます。

 

利点は、定着度が高いこと?とオフレコ情報なども得られることです。欠点は聞き返せないことと(DVDは別)、圧倒敵にスピードが遅いことです。

 

できる人は、概して、参考書学習で能動的に学びます。読書も同じです。自分で本を選び、情報を積極的に得ようとします。TVは受け身行為であり、見ていればなんとなく理解できます。

 

また、この2つの行為には決定的な差異があります。それは孤独かどうかです。孤独に強いかどうかでもあります。参考書派は孤独でやりきる力があります。授業派は孤独に耐えられず、一緒に学ぶ仲間や先生を必要とします。

 

授業派は孤独に勉強できるモチベーションが少ないのです。誰かと一緒か、誰かに教えてもらわないと勉強できません。孤独という視点もあります。

 

さらに、統合失調症などの病気の人は読書ができないようです。こういう病気の人で、参考書で独学ができないなら、仕方ありません。負担が軽い授業方式でやるしかないでしょう。

私の結論

以上、「見えている人には見えている世界がある」の話でした。世の中は経験者や読書や勉強などによって世界観を構築した人と、そうではない人では捉える視点や解釈が異なります

 

この前提知識や経験などによる世界観の構築度の違いで、「皆、分かり合えない」のです。世界観の構築は人それぞれであり、分かり合えない人とは本当に分かり合えません。よって、残念な話ですが、世界観を構築した人がそうではない人にいくら説明しても理解してもらえないときは、「諦める」ことも大事です。

 

その人は自分と同じ世界観を構築しておらず、いくら説明しても無駄です。その人が似たような経験をするか、同じ本を読むなどして、前提知識や経験を揃えないと、同じ解釈や視点に到達しないのです。

 

「分かり合えない人とは簡単には分かり合えない」ので、そういう人に時間を割く、つまり長々と説明するのは時間の無駄でもあるので、避けるのも戦略でしょう。理解しようとする意欲ある人には、説明してあげたり、本を勧めたりするのは良いですが、そうじゃない人には時間を割かないことです。

 

以上です。