「今の日本の教育改革のネタ元本4 第6章 上」(ネタ元本4には第5章と第6章が入ってます)を無料で公開します

「今の日本の教育改革のネタ元本4 第6章 上」(ネタ元本3には第5章と第6章が入ってます。第6章は長いので上下に分けます)を無料で公開します。無料で読んでもらい、内容が良いと思ったなら、投げ銭(100円でnoteで公開中。あくまであなたの意思です)してもらいたいと思います。

 

 

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第6章 「日本の教育の姿」

 

ここで話題を変えて、横道にそれることにします。私はイノベーターこそが日本を救うと考えています。スティーブ・ジョブズ級の人材が何人もいれば雇用も税金も生み出すからです。G型スティーブ・ジョブズか、それに近い人材が豊富にいればアメリカに負けていなかったかもしれません。(主に、電機産業の話です。ITも含みます)

 

冨山氏はL型の改善が日本の貢献で多くを占めると言っています。L型も改善しつつ、G型も改善していけば鬼に金棒でしょう。ここからは、単に、一般的な教育論です。一部の高学歴層やイノベーターに焦点を当てすぎない教育論を語ります。

 

私が考える日本の教育の姿とは何か?をいいます。適材適所です。人それぞれ、生まれ持っている才能(容姿含む)や環境体質(努力できるか体格など)が違いますそれぞれの持っている能力を発揮してもらい、適材適所の仕事に就いてもらうのが理想の姿ではないでしょうか。

 

才能(遺伝、容姿など)、環境(親や国など)、体質(努力できるかなど)が成功の要因だと仮にしましょう。才能の部分は諦めてもらいます幼児教育の充実によって、ある程度埋められる可能性もありますが限界もあります。変えられるのは環境面です。親は選べませんが、教育環境は変えられます

 

機会の平等を整備します。親の収入などで才能が潰されないためにです。私は異能(才能)重視派です。さらに、努力肯定派です。才能があって、努力もする人が環境などで潰されては国家の損失です。努力も才能のうちではありますが。

 

だから、国がバックアップします。異能を支援し、努力してもらい、異能の力によってイノベーションが起き、皆の生活水準が底上げされるのを狙います。昔に比べたら、技術革新によって生活は非常に便利になりました平均収入は日本では低下中ですが、生活の満足度は昔と比べたら、格段に上がったのではないでしょうか

 

もちろん、その分求められる仕事の質が上がり、仕事で忙殺されて、大変になったという面もあります。異能を支援すべきです。異能に嫉妬する人はその人の才能を取り上げる権利があるのでしょうか?と問いたいです。その人の才能をなくすことはできないのです。

 

だったら、支援し、生活水準を底上げしてもらい、一般庶民も恩恵を受けたらいいわけです。異能を潰したら、我々の生活水準は底上げされませんスティーブ・ジョブズがいなかったら、iPhoneが生まれないか、生まれたとしても時期が遅れたことでしょう。異能を支援することには同意いただけただでしょうか?

 

そして、機会の平等のために、環境を整備しますスタートラインはなるべく平等にしたいですよね。結果の平等は実現するべきではありません共産国のようになってしまいます。頑張った人がある程度報われる社会にしたいのです。才能の分の勝者は課税などで調整します

 

ここまで書いて、実は疑問に思ったことがあります。機会の平等は完全に平等にできないという点です。才能はなくせないと書きました。親や国は選べないとも。体質改善も難しいです。

 

改善できるとしたら、教材(参考書や学校や講義など)や、情報格差や、費用面(学費など)や、勉強できる場所作り(図書館整備など)ぐらいです。改善できる点は実行しますが、機会の平等は完全には平等にならない中で、異能に頑張ってもらい、稼いてもらい、後は税金で調整すればいいと思うのです。もちろん、やる気を削がない範囲での税率です。

 

才能、親、国、体質などが不利な人で、敗者になっても、税金で調整があるなら、納得いくのではないでしょうか

 

この世の中は競争社会です。競争があるから、生産者側はライバル企業と切磋琢磨し、消費者に安くて便利なものを提供するよう努力します競争がなく独占になったら、価格のつり上げを行なうか、または、品質向上に努力しなくなります。だから、独占禁止法があります。

 

消費者側からすれば競争は望ましいですが、生産者側に立つと、競争は辛いです。能力を日々高めないと、減給や解雇されたりします労働の質への要求も辛いです。日本で消費者として住むなら、世界一快適ではないでしょうか。電車は遅れることなく動き、接客のサービスも良いです。しかし、働く側からすればきつい社会ではあります。ですが、競争を否定することは無理です。世の中を良くするには競争が不可欠だからです。競争がなかったら、共産主義になります。

 

平等主義者・競争否定派は努力が全てと思っているようです。人間の本来の能力は平等であり、才能や遺伝の差は少ないと考えています。環境の差が同じであれば、あとは努力が全てだから、所得が低い人は怠けているという解釈になります。さらに、努力が全てで能力が同じなら、助けあう必要もない、所得再分配も必要ないという主張になります。競争については「経済学のセンスを磨く」の一部を私がまとめたことを記しておきます。

 

 

 

私は遺伝・環境の差はあると考えており、人は平等ではないと思っています。だからこそ、恵まれた者はやる気を削がない程度に後に税率で調整されるべきだと考えています。平等論者や恵まれた者ほど、自分は努力で這い上がったと考えがちですが、本当なのか?と大いに疑問です。遺伝・環境の助けがなかったと言い切れるのか?と。

 

また、この後で公務員を少し否定的に捉えています。理由として、民間と比べて、生産者として競争がないという点で負荷が軽いし、それに比べて給料が高いという点を挙げました。また、民間が倒れたら、税金が徴収できなくなり、公務員も倒れます。その点から、公務員は後回しでいいという論理が成り立つと考え、公務員より民間を優遇すべきだと主張しました。

 

さて、教育をまずMECE(ミーシーと言う)してみましょう。分類分けです。民間、公務員、その他(NPOフリーランスなど)に分けます。なぜ、このように分けたかというと、民間と公務員は求められる能力がかなり異なると思ったからです。そして、民間の比率が高いです。

 

民間の目的は利益を得ること、つまり稼ぐことが前提です。顧客の消費あってこその給料であり、コスト削減・生産性向上を命じられ、リスクを時には冒して稼ぐ方法を模索し、終身雇用・年功序列は崩れており、いつ会社が倒産するか分からない不透明さがあります。

 

対して、公務員は税金であり、顧客志向が薄く、コスト意識・生産性向上意識も薄く、リスクを冒して成果を挙げる意識も薄く、安定志向でしょう。さらに、公務員は国が倒れない限り、ずっと給料が貰えます解雇される例も少ないです。だから、給料はずっと入ってくるものだと思っていると感じます。

 

また、顧客やニーズに対する関心が薄いです。商売じゃないからです。役所対応という言葉がありますが、役所はサービスが悪くても給料が入るのだから、手を抜くのは当然という論理です。民間だったらあり得ないことです。これだけ、環境が違うと、人材の質は異なっていると感じざるを得ません。

 

公務員をバカにしているというわけではなく、公務員という人材は国を成り立たせるには必要ですが、大企業の平均給与と同じというのはおかしいという結論に至ります。主に、地方公務員の話です。橋下元市長と同意見なのです。ですが、方向性を決めるリーダー格の地方公務員は別です。

 

自民党公務員給与を高く据え置くことで、人材の質を高めたいわけです。安定していて、高給与なら、質の高い人材が集まるからです。ですが、本来、国の活力を高めたいなら、税収を増やす、つまり企業が利益を上げることが大事です。

 

企業が利益を上げて、従業員の給料も上がり、そして税収が増えるべきでしょう。税金で成り立っている公務員は後でいいのです。そう考えたら、公務員の給料は高すぎると言う他ありません。生産性に応じた給料にすべきです。生産性は民間の方が高いと思われるますから、公務員の給料は安くすべきとなります。

 

妥当な給料で働いているなら、公務員に文句は全くありません「給料に見合った仕事ですね」と言えます。公務員の方から猛反撃を受けそうです。しかし、改革というのは既得権益層からは猛反撃を受けるものです。

 

MyNewsJapanの渡邉正裕氏によれば、日本でたいした仕事してない割に給与が高い職業ランキング(取材ベース)で、1位は大学教授、2位は大手メディアサラリーマン、3位は下8割の公務員だと言っています。(Twitterで) 私の主張する公務員が3位にランクインしています。官僚は除くということでしょう。

 

ですが、「1歩前からはじめる「統計」の読み方・考え方」という本によれば、公務員の給料は高すぎる論はナンセンスだと主張しているようです。民間企業で働く人の2014年の平均賃金(年収)は415万円国家公務員の2014年の平均賃金(年収)は626万円この比較はおかしいと主張しています。前者には正規雇用非正規雇用が混じっているからです。

 

非正規を除いて、正規社員だけにすると478万円になります。さらに、公務員は事務系の仕事が多いので、事務系の仕事と比較するべきだと主張しています。正規雇用で事務系」だけではなく、さらに大企業の平均賃金と比較すべきだと主張しています。

 

なぜなら、国家公務員は2014年時点で約64万人(人事院勧告の対象となる職種に限定すると約28万人)なので、民間の大企業の規模と同等かそれ以上になるからです。さらに、学歴も揃える必要があるとも言っています。

 

これらの条件を加えると、実は国家公務員の賃金は民間と比べたら、高くないということのようです。私は、前に述べました。主に地方公務員と大企業の賃金の比較だと。国家公務員と大企業との比較になると、そもそも、国家公務員は大企業並のエリートということになりますよね?

 

比較するために、正規雇用で事務系の大企業で高学歴」と条件を加えていくと、民間の大企業と同等となるのなら、国家公務員はエリートなわけです。大企業の事務職はかなりのハードルの高さですから。

 

また、勤務時間で言えば、公務員の方が短いでしょうし、雇用体系で言えば解雇がありません。そう考えると、生産性はやはり国家公務員の方が低いのではないでしょうか?もちろん、公務員は商売をしているわけではないので、生産性という概念の測定が難しいです。付加価値を生んでいませんからね。

 

この本の著者の主張はよく分かりません。本自体は良書なので統計学初心者はまず1冊目はこれを読むべきだと思いますが。

 

 

 

また、こういう話もあります。三橋貴明氏の主張です。日本の公務員の比率OECD加盟国(24カ国が書いてありました)の中で最低です。全労働者の5%強しかいません。この5%には、国家公務員、地方公務員、自衛官、警察官、消防官国公立大学の教授、政府系企業の職員などすべてが含まれます

 

そして、公務員給与の対GDP比率は6.2%ほどです。人口比よりGDP比のほうが高いということは公務員の給料は民間企業より若干高いかもしれません。ですが、理由はデフレだからです。韓国は公務員の対労働人口比が日本と同じ5%強で、公務員報酬は対GDP比で7%強です。日本より韓国の方が公務員報酬は高いです。P152~154、P195~196。 公務員についてはいろいろと意見が存在します

 

公務員については以下の記事も参考になるかもしれません。

startup-yotsubu.hatenablog.com

 

では、話題を変えて、大学教授へ。大学教授の深刻な現状は、「「書斎の会計学」は通用するか」に書かれています。引用します。

 

 

 

学者なら何もしないほうが恥をかかない、何か書いたら実力がばれてしまうので、書かずにいれば、大学教授の顔をしていられる仕事をしないほうが社会的な対面を保てるのですから、大学教授は一度やったらやめられない…らしいですね。私もその世界の恩恵をたっぷり受けてきました。学者も税理士も、汗をかかなくなったということでしょうか。

P102。

 

「学者」なんていう甘えた立場にも、「大学教授」などという浮世離れした地位にも、それなりの責任や義務があるはずです。「10年間も20年間も、1本の論文も書かない学者」「学生の前では滔々(とうとう)と自説を述べ、学会では静かに通説を述べる大学教授」…。学会で報告する勇気のある学者はまだいいです。論文も書かず、学会も沈黙を通せば、世間では立派に「学者」「大学教授」として生きていけますへたに論文を書いたり学会報告したりすれば、「なんだ、日本語もまともに書けないのか」「あんな報告なら院生でもできる」といった冷たい評価は避けられません。それが分かっているから、論文は書かないのです。報告はしないのだとすると、救いのない話です。

 

中略。一般社会では通用するわけがない話でありますが、学者の世界ではごくごく当たり前で、一流大学も二流大学もありません東大や早慶でも博士論文(こんなものは学者デビューの「あいさつ文」みたいなもの)も書けない「学者」がぞろぞろいますへたに書けば実力がばれますが、書かなければ「一流大学教授」で通る…と考えているようです。P109、110。以上、ここまで。

 

これに加えて、ブロガーで大学教授の池田信夫も、大学教授は給料が高いとTwitter上で発言しています

 

大学教授(学者)、下8割の公務員は既得権益なのでしょう。もちろん、大学教授の中にはちゃんと論文を書いて、世に問うている人もいるでしょうし、下公務員の中にも、最大限頑張っている人もいるでしょう大筋の傾向や比率と見てもらえれば幸いです。

 

あとは、生産性に比べて給料が高すぎるという指摘であり、まったく仕事をしていないというわけではないです。大学教授の生産性も、上位の他国と比べて低いという意味であり、また、昔と比べたら、最近はだいぶ改善されてきているかもしれません

 

また、公務員の方は「既得権というけど、だったら、公務員になればいいじゃないですか?」と言う人もいるでしょう。株式投資であれば株式投資で楽して稼いでいてずるいと言うなら、あなたも株式投資をやればいいのでは?」と言うでしょう。

 

こういう主張も一理ありますが、公務員のケースでは民間が倒れたら終わりという論理で反論できます。公務員の既得権を支えているのは民間の、それも税金なのです。かといって、公務員がいなくなっても困るとも言えます。私が言いたいのは公務員は生産性の割に給料が高すぎるという点です。給料が妥当なら、文句はないのです。

 

また、株式投資で言うなら、資産課税はある程度、強化すべきです。株式投資ばかりやる人が増えたら、誰が汗水垂らして働くのでしょうか?勤勉な労働者の基盤の上に、投資家の地位があります

 

既得権益者は誰かの犠牲の上に楽をしているという意識が薄いと思います。「既得権産業は楽なのだから、あなたもやれば?」という主張は、「では、楽じゃない世の中に必要な仕事は誰がやるのですか?あなたの既得権は、激務の労働者の上に支えられているのですよ。既得権の側に入る人が増えたら、既得権も崩れます。支える基盤が少なくなるからです」と言えばいいのではないでしょうか?

 

公務員は入るまでは競争がある程度厳しく、株式投資のスキルも10年ぐらいの経歴と才能が必要かもしれません。どちらも大変な競争を勝ち抜いてきたのだから、既得権も当然だという人もいるかもしれません。

 

「あなたもやれば?」という主張には、大変な競争を勝ち抜いてきたという自負があるのでしょう。ただし、既得権が増えれば増えるほど、それを支える基盤は弱くなります。結局、既得権者とは少数しかなれないのです。少数だから、既得権であり、維持できるのです。その既得権を目指す人が増えると、世の中の構造がおかしくなります

 

公務員の無駄な教養対策ばかりする人材、労働より投資で稼ぐ人材 を目指す人が増えたら、世の中おかしくなります。後の章でも述べますが、金融業は基本的に虚業です。金銭の血流機能は担っていますが、それだけです。

 

アメリカではリーマンショックの際、金融業の人は高額な退職金を貰った上に、庶民の税金で救済された会社もあるわけです。そこにはほぼリスクはないと言えます。大儲けは確実で、潰れそうになっても救済されるからです。退職金も出ます金融業は何も生み出していないのに、でかい顔をしすぎです。

 

ここまでの視点でモノを言っているのかどうか疑問です。「既得権に文句を言うなら、あなたもやれば?の人は自分さえ良ければいい」という意識で言っているとしか思えません。

 

 

 

私の本は、参考文献からかなりアイデアを借りました。参考文献を掲載したり、引用元を示したりしたのは、著者に敬意を示したためです。ちなみに、引用は、多少、内容ではなく、文体や形式や長さを変えていることはご承知ください。

 

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参考・引用文献。

「経済学のセンスを磨く」

「1歩前からはじめる「統計」の読み方・考え方」

「「書斎の会計学」は通用するか」