「今の日本の教育改革のネタ元本3 第3章 上」を無料で公開します。

目次

  
  1. 第3章「日本の高学歴が日本を救えない理由」高学歴の定義など
  2. ペーパー試験で測れる能力とは?
  3. 和田秀樹氏の主張
  4. 思考力とOS力
  5. パスツール四象限」と詰め込み能力が足りない問題
  6. 和田秀樹氏の言う?コミュ力
  7. 私のコミュ力の定義
  8. 悪いヤツほど出世するの要約
  9. 人たらし力

 

 

第3章「日本の高学歴が日本を救えない理由」 高学歴の定義など

  

「今の日本の教育改革のネタ元本3 第3章 上」(ネタ元本3には第3章と第4章が入ってます) を無料で公開します。第3章は長いので、上下に分けます。(約25000文字ぐらいあるので) 無料で読んでもらい、内容が良いと思ったなら、投げ銭(100円でnoteで公開中。あくまであなたの意思です)してもらいたいと思います。

 

noteの投げ銭をしたい方は、以下の記事か、HP上のリンク先からnoteに飛んでください。

 

 

第3章「日本の高学歴が日本を救えない理由」

 

イノベーターを上手に発掘できず、アメリカのような新興企業群を興せなかったことを挙げました。知識集約型の敗北ですね。日本がイノベーターを生み出せなかった理由は教育や国民性にあると私は踏んでいます。

 

ここで、変更前のタイトル「今の日本の教育改革のネタ元本~なぜ、高学歴が日本を救うことができないのか?」と絡めて、日本の教育について論じることにします。(冒頭で述べた通り、副題を変更しました)

 

まず、高学歴の定義をしておきます。東大、京大、医学部、早稲田・慶應(学部により難易度に差あり。上位学部に限定する)とします。つまり、偏差値70近辺です。阪大、一橋大、東工大は含まないのかという質問はスルーします

 

大学名はあくまで目安です。大学間で問題形式が異なるので、比較が難しいのもあります。MARCH・関関同立は微妙です。学部や成績によっては含めたり、含めなかったりでしょうそれ以下日東駒専含む)は除外します

 

なぜ、高学歴をそれらの大学と定義したのか?と言うと、偏差値70近辺(偏差値60近辺は微妙)の大学に受かるにはペーパー試験の才能が必要だからです。「そんなことない。努力で偏差値70まで行く」と反論する人は普通の人を想像できていません。普通の人はゲームのように勉強を楽しく実行できません

 

偏差値70近辺とは勉強の苦痛度が低く、ゲームのようにのめり込める素質があり、論理的な人たちが到達します芸術の感性派も偏差値70近辺は無理でしょう現代文、数学で撃沈します感性では解けないからです。偏差値70近辺の高学歴獲得には才能が必要です。

 

「普通の人」が努力で行けるのは偏差値60近辺、つまりMARCHや関関同立レベルでしょう。(これらの大学の上位層は異なる人種かもしれないです) 勉強の苦痛度がかなり高く、おまけに論理力も低いけれども、予備校などで強制的にやらされて、受験テクニックを教えこまれ、あとは短期決戦で根性でやれば、偏差値60は何とか行くと思われます

 

偏差値70近辺の大学に行く人は普通ではないです。ちなみに模試ではありません。実際に大学に受かった人たちです。 ペーパー試験(偏差値70近辺)には才能が必要ということは同意でしょうか?

 

「自分は違う。努力でのし上がれるのだ」と言う人もいるでしょう。ですが、猛烈に努力できること自体が普通ではありません努力も才能のうちです。例えば、1日に8時間以上できる人は稀です。

 

努力できることが才能ということは「あなたの脳のしつけ方」に書かれています。

 

何かを行うことで生じる報酬や成果を感じる脳の機能が高く、かつ損得を冷静に計算する機能が鈍い人こそが「努力できる人」なのです。逆に何かを行うことで生じる報酬や成果を感じる脳の機能が弱く、損得を計算できる人が「努力できない人」といえます。

 

つまり、努力できるかできないかは本人のがんばりというよりも、脳の構造の違いによるところが大きいことが判明しました。P155、156から引用・まとめ。とあります。

 

努力遺伝子なるものがあるとは驚きです。努力が実りやすいものは器、語学、運動技能の習得、受験勉強、絵を描く技術などがあります。受験勉強は努力が実るものでした。

 

逆に、努力が実りにくいものとは足の速さや跳躍力、肩の強さ、数学力などがあります。「努力できないことも一つの才能である」という衝撃の内容が「あなたの脳のしつけ方」には書かれているので、興味ある方は読んでみるといいかもしれないです。

 

 

ペーパー試験には才能が必要であるという前提にしておきます。受験勉強は努力が実りやすいといっても、偏差値60ぐらいまでででしょう。努力できるのも才能なのであれば偏差値70近辺は怠惰な人には無理です。

 

ペーパー試験で測れる能力とは?

さて、そもそもペーパー試験で測れる能力とは何なのでしょうか?考えてみてください。何が浮かびましたか?

 

それに対する私の回答はOS力(情報処理能力・集中力・暗記力・体力など)、思考力(地頭力とも呼ぶ。以下、地頭力は思考力で統一して書きます。論理的思考力、数学的思考力など)、根気・根性などです。

 

しかも、主に学問系です。学問(政治学、経済学、経営学、法律など多数)の適性を見るのが大学受験です。

 

では、ペーパー試験で測れない能力とは何でしょうか?

 

経営系・ビジネスの適性とコミュ力です。また、創造力(企画力)や文章力もありますが、後で述べることにします。

 

経営系・ビジネスの適性とは、経営系・ビジネス(実学)の知識(簿記や会計など多数)に向いているかと、ビジネスモデル発案や新製品・新サービスのアイデア発案も含んでいます。

 

政治学には興味があっても、会計には興味が持てないという人も存在します。 経営学部・商学部は経営系・ビジネスの知識は学べます。

 

というわけで、経営学部・商学部はペーパー試験で測れる能力(OS力など多数)は身につけていますし、その上で、ちゃんと大学で学べば経営系・ビジネスの適性も見極められるでしょう。

 

もちろん、経営学は学問であり、経営者という実務で通用するかどうかは不明です。

 

「使える経営学」という本では、経営学は実務でも使えるという主張をしている本です。なかなか参考になるので、「経営学なんて机上の空論でしょ?」という人は一読してみるといいかもしれません。

 

 

このように大学受験は学問の適性を見る試験なのです。

 

また、ペーパー試験突破者はOS力が優れています。WindowsなどのOSです。OSが優れていると、そこで動くソフトも高速です。OS力とは前に述べた、情報処理能力・集中力・暗記力・体力などです。

 

ペーパー試験突破者はOS力(情報処理能力、集中力、暗記力、体力など)、思考力(論理的思考力、数学的思考力など))、根気・根性などは優れています。OS力が高いので新しい知識の吸収力も高い可能性はあります。

 

また、東大理3出身の和田秀樹氏は大学受験は、「コンテンツ学力」と「ノウハウ学力」に分かれていると言います。

 

「コンテンツ」(内容)の重要性は薄いのですが、「ノウハウ」(情報処理の仕方や勉強の仕方や記憶の仕方などの技術)は意味があるということです。

 

というわけで、採用担当者は高校名まで調べたりして、思考力やOS力がいい奴を取ろうとする傾向にあります。(今は、高校名を見る企業が減少傾向にあるようです。地頭を見るもっといい方法が生まれてきたからです。

 

「なぜ7割のエントリーシートは、読まずに捨てられるのか?」のP199からに詳しく載っています)

 

 

OS力を上げる本として、苫米地英人氏の「クロックサイクルの速め方」と「ほんとうに頭がよくなる「速読脳」のつくり方」と「グレインサイズの高め方」をお勧めしておきます。速読(情報処理能力)と、無意識下の並列処理能力について書かれた本です。

 

 

ちなみに、「本題に入る前の前置き」以前の自己イメージなどの話は、苫米地英人氏の本をよく読んでいた元知人から教えてもらって、参考にしてまとめました。

 

元々、苫米地氏の本はチェックし、読んでいたのですが、胡散臭いと当時感じていたのと、実践していなかったので、ほとんどの内容がうろ覚えレベルになっていました。

 

しかし、元知人は苫米地氏の本をきちんと実践し、英語や速読などで成果を挙げたと言います。さらに、その元知人は苫米地氏の英語のやり方を他の人に試したところ、成果があったと言います。これを聞いて、私は、苫米地本を読みあさりました。

 

 そこで感じたのですが、知人による口頭での説明で私が自分なりにまとめたのがあの内容(「本題に入る前の前置き」以前の自己イメージなどの話)なのですが、これは参考文献に入れるべきなのでしょうか?

 

元知人や知り合いによる口頭での説明は参考文献に入れるべきかという問題は案外、グレーゾーンだと感じます。悩んだ結果、入れないことにしましたが、ここで苫米地氏の理論を参考にしたことは書いておこうと思い、入れました。そういう背景も理解してもらえたら、幸いです

 

和田秀樹氏の主張

さて、和田秀樹氏は従来のペーパー試験肯定派なのですが、その主張をまとめてみます。「受験学力」という本を参考にしました。

 

「ノウハウ学力」として、知識を応用する力、記憶力、自己分析能力、計画作成能力、自己動機づけ能力などを挙げています。数学は知識を応用する力を身につけられると言います。

 

和田氏は頭の良さ「問題解決能力」と主張し、問題解決とは知識を用いて推論する力だといいます。つまり、既知の知識の加工や組み合わせで問題を解決します。これは和田氏の提唱する暗記数学の考え方そのものだそうです。

 

数学に関しては私は非常に重要な科目だと考えています。数学に関しては受験の弊害を指摘しないつもりです。(ただ、過剰スキルだという意見もあります)

 

次に、記憶力について述べます。まず、知識とは「長期記憶」のことであり、情報とは頭の外にあるものです。そして、和田氏は受験勉強で鍛える記憶力が知識社会では有効だと言っています。その点には私も同意します。OS力でも書きましたが、暗記力(記憶力)は確かに鍛えられます。

 

しかし、コンテンツに関しては、例えば、歴史科目でいえば、重箱の隅をつつく用語などにより、組み合わせの際にまったく使われないのでは?という用語すら覚えさせられます。

 

このコンテンツの無意味さは受験勉強の最大の欠陥だと思います。(理系は別かもしれません)

 

さて、記憶は3つの段階に分かれます。入力段階の「記銘」(最近は符号化とも呼ばれます)→貯蔵段階の「保持」(最近は貯蔵とも呼ばれます)→出力段階の「想起」(最近は検索とも言われます) の3段階です。

 

入力段階(インプット)では、「理解」と「注意」により、入力がスムーズになります。理解した方が暗記しやすいのは分かりやすいです。問題は、「注意」なのですが、注意はさらに「集中」と「関心」に分かれます。

 

集中力は勉強のやり始め(初頭効果)と終わりがけ(終末効果)に増します。受験勉強でいえば、春と受験直前に集中力が増しますよね。中間試験や模擬試験などのテストを設ければ、受験勉強の中だるみを防ぐことができます。小刻みに「勉強のやり始め」と「終わりがけ」を作るのです。

 

また、「音読」と「計算」も集中力を上げます。また、集中力が下がる理由はうつ状態や不安、睡眠不足、薬物の影響です。不安な状態(異性に告白しての結果待ちなど)は避けるべきです。

 

「関心」については、この章の「非認知能力」の「好奇心」で詳しく述べています。

 

次に、貯蔵段階、つまり記憶を保持するためには、「復習」が昔から効果的でした。復習の間隔は大事な点です。エビングハウス忘却曲線もありますしね。

 

最後の出力段階である「想起」が苦手な人は多いと思います。「喉元まででかかっているのに出てこない」のは「想起」が上手く行ってないのです。「想起」を良くするためには問題集や過去問などで練習を積むことです。本番形式にすることで、「想起」を強化することができるでしょう。

 

そして、自己分析能力です。知識が豊富で推論力が高ければ、優れた問題解決ができると思われがちですが、そうはいきません。そこには人間の心理状態が絡んできます。時々の心理状態により(例えば、恋人に振られたときなど)、意見、意思決定まで変わってしまうのが人間なのです。(その点、コンピュータは心理がありませんから、そのまま知識と推論で問題解決力が発揮されます)

 

心理状態を制御するのは感情ですから、感情を制御する術を身につけなくてはいけません。それが自己分析能力であり、メタ認知力です。つまり、自分の認知状態を認知するのです。

 

(メタ認知) 今、自分は「感情に振り回されていないか」「知識は足りているか」「思考パターンは適切か」など自分を正確に知ることをしないと、優れた問題解決に至らないのです。

 

要するに、自分を正確に知り、それに基づいて自らをチェックし、修正できる人がメタ認知力が高い人であり、賢い人なのです。(この話については、「本題に入る前の前置き」の「自己評価と他者評価の話」でもある程度、似たようなことを述べています)

 

和田氏によれば志望校の過去問分析、つまり、配点や傾向と自分の得意・不得意科目の把握により、志望校への効率的な受験勉強ができることがメタ認知と同じであるといいます。

 

最後に、スケージュール作成能力です。受験勉強は長期戦なので、スケジュール作成能力が大事です。計画を立て、計画通りにならないことを学び、実現可能性の高い計画を立てられる能力が育つのです。

 

「自己分析能力」と「スケジュール作成能力」については、第4章「日本の高学歴の問題点」でも述べていますが、鍛えていない人もけっこういると思います。以下、第4章に書いてありますが、一部を載せておきます。

 

受験の場合は予備校や学校などが全部、計画表を作ってくれて、やるべきこと(参考書や教材など)も決めてくれて、あとはやるだけという受験生もいるでしょう。そういう人は戦略の妙味を味わっていなくて、実行力だけはありますが、資源配分という頭を使っていないことになるでしょう。以上、ここまで。

 

加えて、「嫌なことでもやらなければならない根性や根気」が身につくのも受験勉強の恩恵でしょう。(これは私もOS力で言及してます) 

 

嫌な受験勉強を耐えてきた人材(高学歴)はそれだけ、根性・根気があり、そう簡単には会社を辞めないのでは?と思われます。 学習が習慣化している人が高学歴(勉強体力がある)という点も受験勉強の利点だと思います。

 

このように、大学受験のペーパー試験にも利点はあるのですが、私は以降のページで欠陥や改善案を述べていきます。

思考力とOS力

さて、大学受験の内容(コンテンツ)の重要性が薄く、思考力、OS力(ノウハウ学力でもあります)を中心に見るから、多浪が嫌われます。

 

浪人は2浪までと言われるのは、長年勉強すれば大学受験への慣れもあり、ある程度、成績が上がるのは当たり前と見られているからです。

 

どれだけ短時間で成績を伸ばせたのか?つまり思考力やOS力を見たいのです。根性・根気は短期決戦なら見ることができます。

 

ペーパー試験(大学受験)はあくまで学問の素養を見ているし、OS力や思考力などを測っていますが、経営系・ビジネスの適性やコミュ力までは測っていません。

 

補足として、理系のOS力、思考力の潜在力は高いと思います。特に、数学、物理学です。知識集約型のイノベーションを実現させるには理系の高学歴の力は不可欠です。

 

私は主に文系の高学歴を批判しているつもりです。理系の高学歴は今でも十分機能しているでしょう。ノーベル賞受賞者も多いです。

 

そして、高学歴(主に理系)は思考力勝負です。ブラック企業に入れば根性は鍛えられます。体育会系も同じです。ですが、根性だけでは乗りきれない領域があるのも事実でしょう。

 

例えば、将棋の羽生さんに根性だけでなれるかといえば、なれないです。 地頭や才能ありきです。また、研究者や学者は思考力勝負であると思います。

 

高学歴(主に理系)は学問の王者であり、ビジネス適性は不透明ですが(根性も大事なので)、研究者や学者には向いていると言えます。 超一流の研究者や学者は素質や才能ありきで、思考力勝負であり、根性だけではなれないのです。

 

東大、京大のペーパー試験は研究者や学者養成場なら、思考力を見る試験にした方がいいでしょう。(政府は暗記偏重から、思考力重視へとシフトしようとしています。理系は以前から、思考力の割合が高いですが)

 

パスツール四象限」と詰め込み能力が足りない問題

研究者(大学教員)の目的は「現象の科学的理解」と何らかの「社会貢献」の2つに分かれます。研究者は個人の性格や活動分野の特性によって、2つの目的に対して異なる活動をしています。

 

これらの活動は「パスツール四象限」でまとめられています。

1 科学の進歩重視&社会貢献重視。 

例 パスツール。細菌学という分野を開き、その上、ワクチンの予防接種を開発した。社会への出口を意識した基礎研究派。

 

2 科学の進歩重視&社会貢献軽視。 例 ボーア。量子力学を確立したが、応用としての原子爆弾には協力しない。純粋基礎研究派。

 

3 科学の進歩軽視&社会貢献重視。例 エジソン。科学に関心はなかったが、製品化に注力した。

 

4 科学の進歩軽視&社会貢献軽視。 以上、研究者になりたい人は把握しておくべき知識でした。

 

さて、藤沢数希氏によれば、逆に、詰め込み教育が足りないのが問題だそうです。知的な文化人の言説がたまにトンチンカンなのは、基礎的な大学院レベルの知識が乏しいのに、地頭で考えて意見しているからだと言います。

 

自分で考えるのも大事でしょうが、知的な職業に就くのなら、大学院レベルまでの知識は詰め込めということでしょう。日本の高学歴層は大学受験までは必死に頑張りますが、大学に入ってからあまり学ばないようです。

 

そういう意味で、日本の高学歴層の活躍不足には知識の詰め込みが足りないという主張も一理ありそうです。

 

話を戻しますが、根性で入った人間は敵わないと実感させられるでしょう。根性が見れる試験の典型例は暗記ものです。社会科目が主です。社会が得意な人間は根性があるし、暗記力が高いです。ですが、数学的、哲学的な思考力があるとは限りません。

 

思考力という物差しを研究者や学者育成には適用すべきだと思います。 もちろん、大学院レベルの知識獲得は最低限ですね。将棋の羽生さんやノーベル賞受賞者のイメージです。根性だけでなれるとは到底思えません。起業家や企業戦士は思考力より、その他の要素(人間力や根性など多数)が大事になってくるのですけどね。

 

和田秀樹氏の言う?コミュ力

次に、最近、話題のコミュ力について分析してみましょう。

 

和田秀樹氏はEQ(心の知能指数)をコミュ力と呼んでいるか、含めているのでは?と私は解釈しました。(違っていたら申し訳ないです)

 

EQの5大要素は以下です。

1 自分の感情を正確に知る。

2 自分の感情をコントロールできる。

3 自己を動機づけることができる。

4 相手の感情を知る。

5 社交能力。

 

これらを和田秀樹氏は受験勉強で鍛えられる、または阻害することはないと主張しています。

 

受験勉強は我慢を強いるので、1と2の感情コントロールについては阻害されないといいます。

 

3の自己動機づけも、これがうまくできなければ受験の勝者になれないといいます。 受験勉強で悪影響が出るのは4と5の他人の気持ちが分からなくなることや、対人関係だといいます。

 

和田秀樹氏は受験は競争だから、他人を蹴落とす精神が根付き、対人関係が悪化するといいます。和田秀樹氏の灘高校時代はむしろ協力することで情報を得られたといいます。そこには、相対評価の落とす試験ではなく、絶対値の合格点を目指そうという意識があり、他人をライバルとして見ない精神があったそうです。

 

さらに、共感能力も対人関係のキーワードとして挙げ、「勉強ができる人は勉強のできない人の気持ちが分からない」といいますが、「スポーツのできる人にスポーツのできない人の気持ちは分からない」や「異性にもてる人に異性にもてない人の気持ちはわからない」という例を挙げ、勉強だけに限定するべきじゃないといいます。

 

受験勉強の場合、小学校でトップでも、灘中に入れば劣等生になる可能性は十分あり、受験には相手の気持ちが分かるようになる特性があるといいます。

 

また、和田氏が危惧(きぐ)しているのは、ペーパー試験の学力がいくら高くても、調査書や面接重視の入試になったら、教師の顔色を窺わないといけなくなり、「反抗的態度」が消えてしまうという点だそうです。

 

面接や調査書が重視されなければ、ペーパー試験の点数を上げることに注力すれば良く、反抗的態度を取りやすいということを言いたいのでしょう。

 

反抗的態度はベンチャー精神や起業とも関係していると思うので、この点は注意が必要でしょう。以下の記事でも書きましたが、反抗的態度はイノベーションには重要です。

 

 

私のコミュ力の定義

和田秀樹氏のいうコミュ力(対人関係能力)はこの範囲内の視野なのでしょうか?私はもっと別な視点で考えています。以下、述べていきますね。

 

コミュ力とは人生に対する態度(様々な話題や人(本性など)についてよく知っている+性格)+話し方(ノンバーバル) から構成されています。

 

まず、人生に対する態度ですが、好奇心を持って様々な情報を収集していれば、話題豊富になり、たくさんの人に対応可能です。話題が豊富じゃないと狭い世界の人間以外、つまり多数の人に対応が難しくなります。これは営業職では重要です。営業職がニュースなどを最低限知っているのはそのためです。

 

人間の本性についてはいろいろな本があります。人間はサル山であり、階級があります。頭が良いだけではダメなのです。例えば、学校の先生を思い浮かべてください。威厳がない先生はいくら賢くても、生徒になめられている場面が浮かびませんか?授業をきちんと聴くのは予備校や進学校ぐらいです。

 

会社でも権力闘争があり、ずる賢い奴がいて、罠を張って、ライバルを蹴落とすこともあります。そういう人間の本性を知っていないと、会社で上手く立ち回れません。政治家には特に求められます。理系政治家はこの点が欠けている可能性があります。世渡り術、政治力とも言えるかもしれません。

 

そして、成功者、偉人は能力が高いけれども、人格が良いというのは都市伝説だと思います。スティーブ・ジョブズは人格破綻者だと言われています。成功するには能力は必ず必要ですが、人格に関しては必要条件なのです。両方、併せ持った人も少数いるようですが。

 

悪いヤツほど出世するの要約

ちなみに、成功者、偉人に限らず、リーダーの人格が優れているというのは幻想、神話だと主張している本があります。「悪いヤツほど出世する」という本です。

 

 

巷に溢れるリーダーシッププログラム嘘の塊であり、真実を表していないのだと言います。彼らはリーダーシッププログラムを提供するわけですが、その彼ら自身の言行が一致していません

 

つまり、自身は行っていないこと(自覚、無自覚があるにせよ)を他人に勧めているのです。 そうなると、嘘なのですから、それを教えられた人が現実に当てはめると失敗しやすくなります。

 

「公正世界仮説」というものがあります。「成功した人には成功するだけの理由がある」という説です。しかし、いくら皆がリーダーシッププログラムが語る綺麗事を信じたがっていても、成功者が成功した理由には、泥臭い真実が隠れているのです。

 

倫理面においてもモラル・ライセンシングという現象があります。「一度とてもよいことをするか、しようと思っただけでも、自分は良いことをしたのだから、次はちょっとぐらい悪いことをしてもいいだろう、もしくはあれだけ良いことをしたのだから、自分にご褒美をあげてもいいだろう」という気持ちになることを指します。

 

リーダーに当てはめると、良きリーダーの善行を積んだのだから、少しぐらい悪いことをしてもいいだろうとなってしまうことでしょう。言行の不一致も問題です。リーダーとしての振る舞いを気にかけなくなってしまうのです。

 

また、祭り上げられたリーダー自身は口にしただけで実行したと思い込んでしまう面も挙げられます。泥臭い真実には、「偉大なリーダーは謙虚である」があります。しかし、実際は、ナルシシズムに基づく自己宣伝や自己主張や自己顕示欲や根拠のない自信に長けた人物がリーダーになりやすいのです。

 

リーダーの資質の7つのうち、エネルギー、支配力、自信、カリスマ性はナルシストが顕著に持ち合わせています。ナルシシズムを測定する自己愛人格目録(NPI)というテストが開発済みですが、リーダー判定に実施されないのはリーダーにはナルシストが多い証拠とも言えます。

 

CEOのナルシスト度の判定法は会社の年次報告書に掲載されているCEOの写真の大きさや派手さ、またナンバーツーのエグゼクティブと比較したCEOの報酬の額から読み取れるそうです。

 

加えて、インタビューなどで一人称を使うこと(自身の会社やチームを「私たち」ではなく「私」と呼ぶ)も特徴です。ナルシスト型リーダーの業績はそうではないリーダーの会社の業績より、高いです。P116~117。

 

ハイテク業界のように比較的若い業界でさえ、ナルシスト型リーダーのCEOはより多くの報酬の確保、より長い地位の維持に成功しています。P118。

 

また、世渡り力や政治力はコミュ力の特性ですが、コミュ力とは自身の本性「自分らしさ」をいつも出すのではなく、時には抑えて、柔軟に場面に応じて、リーダーなどの地位にふさわしい態度を取ることを指します。これは、専門用語で言えば、「セルフモニタリング」が高い人ということになります。

 

「セルフモニタリング」が高い人は人目を気にして、状況に合わせて振る舞うのです。逆に「セルフモニタリング」が低い人は人目を気にしないので、状況ではなく自分の価値観に従います。後者は人によって態度を変えないので、わかりやすい人といえます。

 

しかし、分かりやすい、本性に忠実な分、合わない人とは衝突しがちです。コミュ力が世渡りや政治力が含まれているとしたら、そういう人は損をしがちです。自分に正直にいつも振る舞っていたら、場面にふさわしくない自分も当然出してしまいますし、世間のリーダー象としても振る舞えない可能性があり、成功とは程遠くなります。

 

リーダーは部下や支持者や社会が求めるような人間であること、その時々の状況で求められるような行動をとることが必要なのであって、自分の本性にしたがうべきではないのです。P135。

 

また、嘘を巧妙につくのもリーダーの特徴です。リーダーやリーダーでない人も嘘をたくさんつくし、それで重く罰せられることも少ないのです。嘘が横行する世界なのですから、人はほどほどの信用するのが基本戦略です。

 

特許や著作権知的財産権はしっかり契約した方が無難です。統計によれば、ハイテク業界の起業家の80%は、ベンチャー・キャピタル投資家によって自分の会社から追放されるそうです。P204。裏切りも多いのです。

 

ところで、サーバントリーダーシップといえば、自己犠牲をして、部下や社員のためにリーダーが尽くすという概念です。しかし、このサーバントリーダーシップはほとんど存在しないと著者は言います。

 

これだけ喧伝されるということは逆に言えばほとんどのリーダーが実践できていないからなのです。当たり前になっていれば、喧伝する必要はないですからね。 現に、CEOの報酬はアメリカでは1965年には平均的な社員の約20倍だったのが、40年後には200倍を上回っています。

 

また、大企業のCEOの報酬は同じ会社の平均的な社員の330倍以上だという調査結果もあります。CEOと平均的な社員との報酬格差が最も大きいのは金融業、最も小さいのはハイテク産業です。P223。

 

リーダーは、「社員第一ではなく、我が身第一」なのです。このようなリーダーを変えるには、適切な測定とインセンティブが重要です。リーダーの地位と報酬の一部が、部下に対する思いやりで決まる仕組みにするのです。

 

リーダーの資質に期待するのは愚かです。仕組み化した方が確実にリーダーの行動を変えられます。 ここで衝撃的な事実を書きます。企業は長年尽くしてきた社員をあっさり切り捨てます。スポーツ選手の場合も同様です。

 

個人間の「恩を仇で返してはいけない」は意識されますが、会社や組織と個人との関係になると、「恩を仇で返す」ようになるのです。個人としての防衛策としては「将来もずっと役立つ人材になる」ということです。

 

会社は要らない人材と認識したら、「今までの実績」さえも考えから捨てて、あっさりとあなたを切り捨てます。過去の貢献は無視されます。このように、リーダーとは語られる理想とはかけ離れた存在なのです。

 

「悪いヤツほど出世する」のタイトル通りです。 この現実を直視することから、全ては始まります。

 

ちなみに、リーダーだけでなく、部下が上司に不満をかなり抱いていることが判明しています。2012年夏のパレード誌の職場調査によると、被用者の35%が、直属の上司の解雇と引き換えなら昇給を諦めてもいいと答えています。P31。 最後に、世渡り力や政治力についての話は主にアメリカの事例です。日本では事情が異なるかもしれないとは補足しておきます。

人たらし力

人たらしという言葉があります。人をたぶらかしたり、動かしたり、操ったりするのが得意な人のことです。これは人間の本性をよく知っているから出来る芸当です。ジゴロも似た概念でしょう。女性に貢がせるのが得意です。

 

人たらしはスキルであり、武器にもなります。人たらしだけで出世した人も歴史上、けっこういます。「項羽と劉邦」の劉邦や、「三国志」の劉備などです。

 

人たらしの特徴は自分自身には高度な能力がないという点に特徴があります。人を動かすのが上手いのです。企業でいえば、そういう人物がトップに立つと、周りの人間が操られてやる気になったりするかもしれません。メディアはそういう特徴があると思います。持ち上げる技術です。

 

ですが、人たらしには重要な欠陥があります。それはその人には高度な能力がないということです。そして、周りの参謀や部下などが高い能力を持ち、頑張るから、人たらしの人の地位が確保できているという点です。

 

その人たらしが自分の意見を持ち、自己主張し始め、意思決定に参与すると、企業などは傾くでしょう。何しろ、その人には能力がないのですから。周りが頑張っているだけなのです。 人たらしが意見を主張し始め、暴走し始めたら、周りの優秀な人達は、蜂起し、そのトップを降ろさないといけません。じゃないと、組織が傾きます。

 

例を挙げると、劉備は「桃園の誓い」で義兄弟の絆を誓った関羽張飛が呉に殺されて、劉備の欲で、呉に戦争を仕掛けようとした事例があります。参謀の孔明は戦争中止するよう諌めましたが、聞く耳を持たず、突進し、呉に大敗北しました。

 

また、人たらしは周りが頑張ってくれていて、自分がそこまで頑張らなくていいのだから、楽です。楽な立場で報酬や地位があるなら、それで十分だと思います。

 

もっとも、人たらしをトップに据えることがいいのか悪いのかの是非は脇に置いておきます。古来、そういう人物がトップに立って、それなりの立場になったという事実があるだけです。

 

私がトップに立つべき優先順位を挙げるとすれば、実力+人たらし>人たらし力あるが実力なし>実力あるが人たらし力なし>どちらもない になります。

 

実力があっても、他人を巻き込み、動かせなかったら、おそらく企業の業績は上がりません。だとしたら、実力がなくても人たらし力があって、周りを動かし、活躍させる人のほうがマシでしょう。

 

理想的なのは実力と人たらし力がどちらもあるケースです。人たらし力はコミュ力でいう最上位級の高度なスキルだと思います。

 

コミュ力については以下の記事も参考になります。ラポールの話です。

news.yahoo.co.jp

 

私の本は、参考文献からかなりアイデアを借りました。参考文献を掲載したり、引用元を示したりしたのは、著者に敬意を示したためです。ちなみに、引用は、多少、内容ではなく、文体や形式や長さを変えていることはご承知ください。

 

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参考・引用文献。

「あなたの脳のしつけ方」

「受験学力」

「自分を変える読書術 学歴は学「習」歴で超えられる」

「ブレイクスルーへの思考」

「悪いヤツほど出世する」

「なぜ7割のエントリーシートは、読まずに捨てられるのか?」