「キュレーターが就活本の読書ガイドを書くとしたら」2

1からの続き、2です。

 

有料note記事(だった)の一般公開です。私の有料記事では質の面では下位のほうだと思いますが、私の有料執筆物がどれくらいのレベルなのか判断してもらう意味で公開することにします。(紹介している本が古いという理由もあって、有料で売るのに気が引けたという面もあります)

 

3 「適職の説明」

次に、適職を選ぶと、大半の人生を仕事に使うので、人生の密度が濃くなり、有意義に生きられるでしょう。ですが、仕事とは「人の役に立ち、お金をもらえる」ことなので、いくら「好き」でもお金が十分もらえなければ仕事としてはきついです。

 

適職をどうしたら選べるか?は好きと強みの視点から分析できます。

 

好きな仕事とは、私の定義として、「まず関心があり、その仕事に長時間時間を割いても苦にならず、こだわりがある分野」とします。好きな仕事をやっていれば、人生の大半を占める仕事の時間で、苦痛度が減ります。それは、職業人生で幸せだと言えるでしょう。

 

ですが、仕事というものは基本的に競争です。競争がない仕事は珍しいのです。企業間はもちろん競争はありますし、会社内で個人間の競争もあります。競争があるということは好きで没頭しているだけで、必ずしも上位に入ったり、勝てるわけではないということになります。

 

同じように好きで没頭して切磋琢磨している他人・ライバルがいるからです。好きなだけでは競争に勝つことができないだけでなく、金になるレベルの仕事かもわからないし、仕事を続けさせてもらえない可能性もあるのです。

 

ここで強みの話になります。強みとは、私の定義で言えば、「得意な仕事であり、なおかつ、客観的に見て、その分野で上位に入る仕事のこと」です。上位に入らないと、勝てる可能性が下がります。花型の企画や広告などの仕事は競争率が高いです。歌手やスポーツ選手なども、続けられるのはほんの一握りです。

 

また、企業間・会社内での競争でも、ある程度、上位に入ったり、勝たないと仕事を続けられません。強みが大事なのは競争で生き残らないと、仕事として続けさせてもらえないからです。もちろん、需要がたくさんある分野の仕事は引っ張りだこなので、競争が少ないです。これが外部環境です。(もしくは業界分析とも言うでしょう)

 

今で言えば、介護、建設などが需要が多い競争が少ない世界と言うことができます。競争が少ない仕事は上位に入る必要性は薄いのです。つまり、強みでなくてもかまいません。最低限の完成度はもちろん求められますが、必要最低限満たしていれば、なんとか雇ってもらえるでしょう。

 

あとは、強みとは経験による勘とも言えます。人は長年、その仕事や作業に携わると経験が培われ、勘が冴えるのです。株式投資で言えば、長年(10年くらい?)、相場を見続けてきた人(本は数冊しか読んでいない)と、本を100冊読んだ半年ぐらいのキャリアの人なら、前者が勝ちやすいのです。経験による勘は侮れません。

 

長年、経験を積むと、その分野において、何となく勘が働きます。その勘はその分野の経験を積んでいない人からすれば、強みとなり、差別化可能かもしれないのです。

 

まとめると、

好きな仕事か?

強みの仕事か?

好き&強みの仕事か?

好きでもない&強みでもない仕事か?

4択です。

これらの4つに完全に分類されるわけではなく、割合(パーセンテージ)の問題でしょう。

例えば、好き(70%)、強み(30%)などです。

 

仕事選びにおいては競争環境がどれくらいの仕事か?は大事です。外部環境の分析です。建設や介護やITなら、そこまでの強みじゃなくても仕事があるでしょう。対して、歌手やスポーツや企画などの花形の仕事は相当な強みじゃないと仕事のレベルに到達しません。

 

得意だと自分では思っていても、仕事人としてプロとして生き残れる客観的な得意さかどうかは自身では判断しづらいです。さらに言えば、そこに「好き」の領域はほとんど関係ありません。自身が好きであれば、長時間のめり込みやすく、得意になりやすいですが、かといって、プロレベルに到達する保証はありません。

 

強みの話に戻しましょう。世の中には会社はたくさんあり、それぞれの会社において、上位に入れる可能性はあります。A社では上位に入れなくて解雇されたましたが、B社では通用するといった事例です。自分の強みは会社によって、評価が変わります。

 

そして、会社はチームワークなので、それぞれの分野に強みを持った人材が集まっており、補い合い、成果を出します。誰かが病気で休んでも回ります。フリーランスはほぼ全部、自分でやるし、病気になったら代役がいません。

 

大学受験までは苦手科目を克服しないと基本的には大学に合格できませんでしたが、仕事は企業に所属する限り、強みで勝負できます。苦手分野は他の人(強みを持った人)が補ってくれるのです。

 

しかし、一流人の特徴として、弱みはないと言えます。なぜなら弱みがあると、そこを突かれて負けてしまうからです。弱みは最低限、平均レベルまで持っていくのが一流人です。ですが、その弱みが自分の強みと関係ない場合、切り捨ててもいいかもしれません。

 

その弱みが自分の強みに関係があり、どうしても克服する必要があるなら、やらなければいけません。私は企画や創造力や文章力が最大の強みだと思っていますが、数字的分析力が弱みです。数字的弱さがあると、データ分析やデータの扱いで間違いを起こし、執筆物の出来映えに影響するでしょう。

 

なので、今、数学を勉強し、克服中です。(もちろん、外部のデータ分析者を雇えばいいという話もありますが、なるべく自分でも確認できるようにしたいということです。ですが、なかなか勉強が進まず四苦八苦です。。。)

 

そして、たくさんの分野で強みがある人はいます。そういう人は多ジャンルをこなせますが、わざわざ全部に関わりません。時間と労力が有限なので、最大の強みだけに特化したいのです。そして、最大の成果を出したいのです。経済学で言う比較優位の法則の話ですね。

 

また、誰に評価されるか?の視点から、強みを見ることもできます。ちきりん(ブロガー)の言うマーケット感覚というものです。マーケット感覚とは「市場に評価されよう」ということであり、ミュージシャンであれば一定数のファンに支持されれば、食っていけます。

 

会社だと、普通、上司などの評価を気にしますが「会社内にいるうちでも、市場のことを考えよ」という主張です。会社のノルマを達成するのを重視するのは会社内の評価ですが、会社のノルマ以上に、自分自身の能力を高める視点を持ち、仕事に取り組めば、市場に評価される、つまり、市場価値が高まり、他社でもやっていけるし、独立さえ可能になるということです。

 

要は、市場などで「自分にお金を払ってくれるお客様」がいたら、仕事になるということです。市場での顧客開拓です。

 

強みを伸ばすのは基本法則です。好きな仕事を選んでもかまいませんが、仕事として成立する強みかどうかは競争に揉まれるうちに判明するでしょう。どうしても、好きな仕事をしたいならば、後で述べる特殊な方法もあります。(市場開拓ですが)

 

あとは、自分の好きな仕事での能力が通用する会社があれば、やっていける可能性もあります。

野球で言えば、二軍でもいいなら、野球を続けられると言いたいところですが、二軍でも競争があり、辞めさせられる可能性が高いので、一軍に上がることを前提として考えるべきでしょう。好きという基準は主観的なので、客観的な視点から見ないと、仕事として通用しない可能性が高いのです。

 

適職とは好きと強みの割合であると私は考えています。好きな仕事に就けたら、はまれるので楽しい時間を過ごせます。強みならば(しかもプロレベルならば)、仕事をさせてもらえ、続けられます。プロレベルじゃない強みでも、介護や建設やITなどならば仕事はあります。

 

また、強みとは誰に評価されるか?(会社や市場など)の視点も大事です。「お金を払ってくれるお客がいて、それを提供できる能力がある」のならば、それを仕事とするのは正解でしょう。適職がないとしたら、好きと強みの割合がどちらも低い仕事であるか、もしくは好きや強みの視点を無視し、金のためにやる仕事ということになります。

 

また、こういう話もあります。

TV番組「グサッとアカデミア」(2016年6月9日分)の内容からです。

 

1 やりたいことできること

2 やりたくないことできること 

3 やりたいこと&できないこと

4 やりたくないこと&できないこと

の4つに仕事が分けられます。

 

1の領域の人は幸せです。ですが、予備校講師の林修氏も2だと言います。つまり、やりたくないことできることの領域です。予備校講師よりもやりたいことがあって挑戦しましたが、全部、失敗して借金したそうです。最後に残った予備校講師をやったら、できることだったのです。できることに対して、人々は満足しにくいです。おそらく、楽をしていると感じてしまうからでしょう。ですが、できることを人は過小評価しがちです。

 

自分は楽々できることでも、他人はなかなかできなかったりするのです。マズロー欲求説によれば、生理的欲求、安全の欲求、社会的欲求、自己尊厳欲求自己実現欲求の順(右が一番高度)に高度な欲求だといいます。生理的欲求が一番、下の欲求です。

 

下から、積み上げて上の欲求に到達します。で、自己尊厳欲求とは人から認められることであり、できることで感謝されれば幸せじゃないのか?林修氏は言うのです。やりたいこと(自己実現欲求)を追い求めても、できなければ幸せじゃないのでは?と。やりたいことよりできることで感謝されようと。

 

そして、できる領域を軽く見てはいけません。軽々とできる人は多いのです。やりたい(努力する)という時点で、軽々とできることからは程遠いのです。軽々とできる人は世の中にはいっぱいいます。やりたい(努力する)という時点で、もはやそれは強みとは言えないのでしょう。こういう話も参考になるのではないでしょうか。

 

また、この方程式はグラデーション(濃淡)もあると思います。

例えば、1のやりたいことできることの表現で言えば、そこそこやりたいことそこそこできることなどの強弱の違いがあるのです。2のやりたくないことできることで言えば、「やりたくないと極論で表現せず、好きでも嫌いでもない、どっちでもないけれども、できること」という表現に変わります。そして、この「濃淡、強弱が微妙で曖昧なグレーゾーンの人の方が多数派」だと思うのです。

 

上記に挙げた4つの象限に完璧に当てはまる人の方が少ないでしょう。4つの象限は参考にはなりますが、濃淡、強弱の違いも考慮に入れて、進路選びをしたいものです。

 

林修氏の式をさらに変形することもできます。

1            やりたいこと&できること&他者に求められていること

2            やりたいこと&できること&他者に求められていないこと

3            やりたいこと&できないこと&他者に求められていること

4            やりたいこと&できないこと&他者に求められていないこと

5   やりたくないこと&できること&他者に求められていること

6    やりたくないこと&できること&他者に求められていないこと

7   やりたくないこと&できないこと&他者に求められていること

8   やりたくないこと&できないこと&他者に求められていないこと

 

複雑すぎますが、詳しく解説していきます。

 

まず、他者に求められるとは上司だったり、会社だったり、世間(市場)だったりします。他者に求められるということはやりたいことではないかもしれませんし、できることとも区別されます。自分軸(やりたいことできること)とは別に、他人軸が介入してくるのです。

 

は「やりたいし、できるし、求められているので理想型」です。

は「やりたいし、できるけど、求められていない点がネック」です。

は「やりたいけど、できない、けれど他者には求められている状態」です。

これは、やる気満々で、仕事もありますが、能力不足の状態です。

 

は「やりたいけど、できない、さらに他者にも求められていないという状態」です。これこそ、趣味ではないでしょうか?

は「やりたくないけど、できる、そして他者に求められている状態」です。これは、会社での雑用系でしょう。

はやりたくないけど、できる、けれど他者に求められていません。これはできるだけで、独り相撲の状態です。

 

は「やりたくないし、できないけど、他者には求められている状態」です。これは、レベルの高い仕事で自身はやりたくない案件でしょう。

は「やりたくないし、できないし、他者にも求められていないという最悪の状態」です。

 

このように分類すると、かなり複雑になります。ですが、現実をより表していると言えるでしょう。

ここにさらに、「グラデーションが加わるのがおそらく現実をより表す」のでしょうから、世の中とは複雑なのですね。シンプルに考えようとか、シンプルイズベストが流行っているのかもしれませんが世の中は複雑系です。

 

もちろん、人間の理解できる範囲で世の中の複雑さを、シンプルにして、現実に活用しやすくするという視点は大事です。ですが、世の中とは本来、複雑なものなのだという理解だけはしておきたいものですね。

 

さらに、「努力の娯楽化」という概念もあります。それは「他人にはとてつもなく苦行だと見えるのに、本人にはそれほどの苦行には感じないこと」です。「本人にとって苦行に感じないのは、強みで得意だから負荷が低いのかもしれないし、強烈に好きで、のめり込んでいるなどの理由」が推測できます。

 

他人には苦行の仕事が本人にとっては苦行ではないのならば、強みに昇華できる可能性があります。そもそも、努力しようと思う時点で、その分野には才能がないと思った方がいいと思います。「努力とさえ思わないほどのめり込んだり、好きだったり、得意なことが、やはり天職なのではないか?」と。

 

「努力の娯楽化」でキーポイントな点は「他者からのインセンティブもそれほど必要ないこと」です。仕事や勉強は普通の人にとってはかなりのインセンティブを必要とします。それは、アメ(金銭的報酬や褒め言葉や名誉や仕事や勉強だけに専念できる環境など)であり、ムチ(解雇や降格や減給など。)などです。

 

しかし、「努力の娯楽化」ができている人は、それらがさほどなくても続けられてしまいます。これは会社にとっても得がたい人材です。会社にとって、社員の成果を上げるためのマネジメントは骨が折れる作業なのですが、「努力の娯楽化」ができている人にはそれほど負担がかからないので楽なのです。

 

「好き」でこだわりがある分野で、「努力の娯楽化」ができ、強みに格上げされ、人に感謝され、金も稼げたら、まさに天職でしょう。そういう職業はほとんどないのが玉に瑕なのですけどね。(だいたい、ほとんどの人が好きな職業は「クリエイターや芸術家や芸能人などの花形」であり、それらは少数しかなれません。また、なれたとしても、ほとんどの人は金が稼げないのが現実です)

 

違う視点からの意見もあります。仕事を「好き」と言っているうちは一人前ではないという主張です。例えば、テニスを趣味でやっているうちは、試合などで成果を絶対に出さないと行けないというプレッシャーはありませんし、体調管理もそこまでしなくていいでしょう。ですが、プロのテニスプレーヤーになれば、体調管理、毎日の厳しい練習、そして、思うように結果がでない日々に悩むことになります。

 

そこには、趣味のときの純粋な「楽しさ」「好き」は減っているかもしれません。つまり、「好き」とか言っているうちはまだ真剣にやっていなく、甘いという意見です。よく、制作者も趣味のうちは楽しめますが、職業にすると楽しめなくなると言います。これは娯楽を受ける側のうちは楽しいのですが、作る側となると苦痛になるとも言い換えられます。(もちろん、作るのが楽しいという人には当てはまりません作り、他人を喜ばせるのが好きという人は天職でしょう)  仕事を「好き」とか言っているうちは一人前ではないのでしょうね。

 

その話題を次のテーマにつなげます。

 

http://blogos.com/outline/205207/ 

「やらされる15歳 数学への関心「世界最低」」というタイトルのブログ記事があります。簡単に要約すると、日本の15歳の数学嗜好は世界最低レベルですが、日本の数学的リテラシー習熟度など)の平均点はOECD加盟国ではトップということです。これらを著者は数学リテラシーはトップだが、やらされており、関心・意欲・態度が伴っていないので、外圧がなくなったら、メッキがはがれると捉えています。

 

ですが、私は別の意見を持っています。そもそも、成績上位者または、難易度が高くなればなるほど、練習や勉強やトレーニング自体はつまらなくなるものなのです。スポーツ選手でも上位者ほど、練習がつまらないと言います。楽しいと言っているうちは趣味レベルであり、苦しくなった辺りから、難易度が上がり、成績として表れるようになります。

 

よって、日本の15歳の数学嗜好が世界最低なのと世界一の数学リテラシーが同居するのは別に矛盾でも何でもなく、起こり得ることです。それだけ、日本の15歳は数学が嫌い?になるほど真剣に取り組んでいるのです。本当に好きだけで上位に入れる世界は稀です。

 

好きというより、嫌いになるか、または好きや楽しいまではいかないけれど、苦痛度が減るぐらいの感覚の人が上位者だと思います。ノーベル賞級の人でも、好きだからのめり込むというよりはできるし、勝てるし、結果も出るから、どんどんやりたくなっていくが正しいと思います。

 

これが、いくら好きでも、できないし、勝てないし、結果も出ず、おまけに貧乏だとしたら、仕事として続けたいと思うでしょうか?  勉強も同じです。数学がいくら好きでも、結果が出なければ、やはり続けたくなくなるか、仕事としては続けさせてもらえませんし、趣味でやるくらいなのです。

 

今回のブログ執筆者の分析は別に心配する必要ないのではないでしょうか。とはいえ、成績の結果も出せて、なおかつ、関心も持たせられたら言うことないですけどね。しかし、なかなか難しいことなのです。上級者になればなるほど、練習や勉強自体は苦痛度が増してくるのが普通ですから。好きという意味と得意は異なるのですね。上の文章の、「好き」といっているうちはまだ真剣にやってない、熟達者じゃないという趣旨のことですね。

 

この話はこれで終了だと思っていたら、別の視点が出てきました。苫米地英人氏の「数学嫌いの人のためのすべてを可能にする数学脳のつくり方」という本で気付きました。以下、引用です。

 

もちろん、日本の暗記重視の教育法が100%ダメというわけではない。数学と理科の教育に関する国際的な評価動向調査TIMSSの最新版2011年小学生の部の結果を見てみると、日本は第5位にランキングされているのに対してアメリカは第11位と低い。中学生の部でもアメリカは第9位第5位の日本に負けている。こういった結果は2011年だけではない。1995年の第1回TIMSSからずっとそうで、アメリカは数学と理科で日本に勝ったためしがない

 

であるのに、なぜ、日本の教育法の批判をするのかといえば、TIMSSで行われているアンケートにこんな結果があるからだ。「数学は楽しいと思いますか?」という質問に「凄く楽しいと思う」答えた小学生が日本では29.2%なのに比べ、アメリカでは51.1%にものぼっている中学生では日本13.2%に対してアメリカでは27.2%という数字が出ている

 

また、「将来自分が望む仕事につくために数学で良い成績を取る必要があるか」「強くそう思う」と答えた日本の中学生は22.7%、アメリカでは62.4%と高水準だ「数学を使うことが含まれる仕事につきたいか」では「強くそう思う」と回答した日本の中学生はわずか4.4%。この数字は主要先進国10カ国中最下位だ。

 

一方、アメリカは上から3番目の16.3%という数字が出ている。参考までに第1回から最新の第5回までほぼトップを独占しているシンガポールの数字を紹介すると、51.1%の小学生が「数学が凄く楽しい」と答え、43.1%の中学生が「数学が凄く楽しい」と答えている。

 

これは日本の数学教育に楽しさがなく、将来性も感じないような教育を施していることの証拠だろう。では、シンガポールやアメリカで行っている数学教育とはなにかといえば、暗記ではなく、思考訓練なのだ。単純にいえば、問題の図形化やグラフ化であり、クリティカル(批判的)に物事を見ていく力なのである。さらにいえば、アメリカのトップの数学教育は、日本とは根本的に違う。(詳しくはP44~46)

 

中略。

アメリカと日本の教育を比較すること自体がナンセンスな話なのである。日本がアメリカの教育法から学ぶことは思考を大切にすることは当然として、トップの教育法をどう取り入れるか、だ。つまり、天才たちの伸びようとする芽をつまないこと。アメリカのように優秀な生徒には大学から教授が来るようにするなどの差別化は必要だろう。落ちこぼれを出さない教育は決して悪いものではない。ただし、それが行き過ぎれば暗記一辺倒になってしまうように、問題はバランスなのだ。以上、ここまで。P42~47引用。

 

日本の数学教育にはあまり知見がないので定かなことは言えないのですが、思考が足りないようです。思考が足りなく、暗記一辺倒なので楽しさが少ないのでしょうか成績の結果も出せて、なおかつ、関心も持たせる教育はシンガポールが実践しているようです。

 

そして、この本には数学とは数式ではなく、言語だと言います。もっと言えば、数学は数学的空間を構築するものであり、そこで自由に動き回ることであり、公式を覚えることが数学ではないとのことです。受験数学や日本の数学教育に対する考え方が一変する本です。ぜひ、一読を。

 

では、適職に就くために、まず、どのような職業があるのか調べてみましょう。業界研究(業種職種)です。

 

そのための本として、「世界一わかりやすい業界と職種がわかる&選ぶ本17」 イノウ 2016/01/27    を挙げます。

 

 

 

次に、向き・不向きで仕事を選べという本があります。こんな仕事はこんな特徴の人(強みや性格など)が合うという点で参考になります。 「「合う・合わない」で仕事は決めなさい ~一生続けられる職種の選び方」  長谷 真吾  技術評論社 2012-06-26

 

 

 

さらに、会社には社風があり、その会社の社風に合わないと受からないという自説を解く著者の本があります。会社にも合う・合わないがあるのです。逆に言えば、強みがかなり高い人でも受からない企業があるということであり、相性があるという視点は参考になると思います。 「2社で迷ったらぜひ、5社落ちたら絶対読むべき就活本」  海老原 嗣生 プレジデント社 2011/1/21

 

 

 

次の本はエニアグラムから、適職を診断してくれる本です。エニアグラムとは、人の性格を9つに分類する性格診断のことです。エニアグラムについて詳しいお薦め本は、エニアグラムで分かる9つの性格」「自分の「性格説明書」9つのタイプ」があります。エニアグラムに沿って、自分の性格が分かれば適職が見つかる可能性があります。 「新版 やりたい仕事がある! 」  池上 彰 小学館 2010-10-21

 

 

 

次は、ベストセラーになった本で、コモディティ(日用品)になるな?という就活本です。弁護士も公認会計士も医者も、TOEIC900もコモディティといいます。これらの難関資格でさえ、代わりの人はいくらでもいますかなりの独自あるポジションを確立しろという本なので、ハードルが高いです。コモディティにならないための方法として、いろいろと詳しく載っています。この本はエリート向けですね。凡人には必要ないといえます。自分の強みがどれくらい通用するのか?見極めたいエリート層には有用でしょう。 「僕は君たちに武器を配りたい」 瀧本 哲史 講談社 2011-09-22

 

 

 

そして、「僕は君たちに武器を配りたい」進化版、もしくは改訂版みたいな本が次の本です。コモディティになっている職業をいろいろと紹介していて、その対策が上の本とは違います。「僕は君たちに武器を配りたい」より、地味な対策案です。 「なぜ、勉強しても出世できないのか? いま求められる「脱スキル」の仕事術 」 佐藤 留美 ソフトバンククリエイティブ 2012-10-18

 

 

 

また、こういう意見もあるでしょう。好きなら、まだ探せばあるかもしれませんが、強み(得意で上位に入る分野)なんてないよと。こういう人は多いと思われます。そういう人向けの本として、以下を挙げておきます。 「英語もできないノースキルの文系はこれからどうすべきか」 大石哲之 PHP研究所 2014/12/16

 

 

 

大企業に入れなかった人向けには、以下の本を勧めたいです。 「「ずっと働きたい「従業員300人以下」の会社選び」 海老原 嗣生 プレジデント社2011/7/20 中小企業の良さを紹介している本です。公務員試験への対応も最後のほうに書かれています。2011年なので、情報が古い可能性があります。

 

 

 

次の本はエリートでもなく平凡な学生が、どう就活で逆転し、内定をもらうかの秘策が書かれています。 リクルートを辞めたから話せる本当の「就活」の話」 太田 芳徳 PHP研究所 2013/11/18

 

 

 

全般的に、紹介した本が古いので、もっといい本がある可能性がある点はご注意ください。 

 

 

参考・引用文献