政治家はどうあるべきか?

政治家はどうあるべきか?について論じたいと思います。

 

政治家はどのような役割を担うべきなのでしょうか? まず、考えられるのが政治の目の前の仕事の遂行です。外交次々に出現する課題(テロや地震などの災害など多数)、政策や、国会での審議、さらには、選挙で有利になるための地方回りなどです。

 

こういう目の前の課題をこなすことはもちろん大事ですが、それらは官僚がやればいいという意見ももちろんあるでしょう。ですが、官僚も、省益を理由とした防衛本能を持っており、官僚が政治家をたぶらかすことはよくあります。過去の民主党脱官僚を唱えました。ですが、失敗し、現在の自民党官僚寄りになりました。(今、安倍首相は官僚の天下りは禁止しようとしていますが)

 

では、政治家の本来の役割とは何なのでしょうか?脳機能学者の苫米地氏によると、グランドピクチャーを描く人という定義のようです。雑務は官僚の仕事だと主張しています。

 

グランドピクチャーとは50年先を見据える国家戦略、または50年後、果ては100年後にこの日本をどうしたいのか?方向性を大まかに描くことだと言えます。官僚については、前に述べた通り、政治家をたぶらかすこともあるので対応が必要です。なので、官僚に丸投げではいけません

 

グランドピクチャーを描くことは政治家の役割なのか?と思いましたが、こういう壮大な仕事は実は、今の政治家には無理だと感じます。理由は、意外と政治家は雑務が多いこと、次にその能力もないことが考えられます。

 

グランドピクチャーはセンスのある人が膨大な時間をつぎ込んでようやく出来上がると言えます。

そういう役割はどこかの研究所がやっているでしょう。または、学者やライターなどが、自分の研究領域や仕事領域とかぶせて、片手間にやっている可能性があります。ちなみに、私の教育本「今の日本の教育改革のネタ元本」も教育分野におけるグランドピクチャーであると自負しています。

 

そう考えると、政治家は案外、地味な仕事だなと感じます。または、研究系ではなく、実務・実践系だと思います。

 

この概念(研究実務・実践系)は企業にも言えます。企業も生き残るためにはそれこそグランドピクチャーを描かなければならないでしょう。将来・未来予測をきちんとしながら、柔軟に時代に応じて変化するのがビジネスの世界で生き残るためには必須です。

 

企業内部では社長または、側近などが、グランドピクチャーは作っていると思います。もしくは企業では社長自らは、グランドピクチャー造りには関わっていない可能性もあります。やはり、社長は実務・実践系であり、研究は他のセンスある人に任せているのです。

 

以上のことを考慮すると、政治家の役割は必ずしもグランドピクチャーを描くことではないとも言えそうです。グランドピクチャーは他の人に作成させれば良いのです。それをきちんと理解し、マニフェストに盛り込むのです。とはいえ、最近のマニフェストグランドピクチャーほど壮大ではなく、3~5年先レベルの話が多いですが。

 

研究と実務・実践系は、ベクトルが違います。橋下元市長は学者をバカにし政治とは実務・実践だとガンガン主張していますが、偏りすぎでしょう。学者や他の研究所などの研究系の人のグランドピクチャー作成を活用しなければならなかったのです。

 

研究をバカにするということはグランドピクチャーをバカにしているのと同義だと感じます。ですが、実務・実践系の大事さも分かります。

 

両者がお互いの役割を自覚し、手を取り合い、協力するのが最強ということになります。橋下元市長は学者や研究系をバカにしすぎである点が玉に瑕です。研究系の人は実務・実践系をおざなりにしがちですが、それは向いてないので仕方ありません。どちらも重要な役割があるのですから、手を取り合うべきです。

 

政治家はどうあるべきか?の答えは、研究系のグランドピクチャーを活用し、それを実務に落とし込み、確実に遂行する実践系の仕事であると言えそうです。政治家は実務・実践系の人が基本であり、研究系はあまり得意ではないので、専門家に任せるのです。

 

よって、橋下元市長は実務・実践系なので政治家には適任なのですが、研究系の学者をバカにしすぎであり、活用してないと考えられるので、損をしていると思います。政治家の人たちは研究系(学者など)を活用し、実践で成果を出すことを意識してもらいたいものです。

 

以上です。