「「響 小説家になる方法」という漫画が私の心にまったく響かない理由」

「「響 小説家になる方法」という漫画が私の心にまったく響かない理由」

 

「響 小説家になる方法」を5巻まで読み終わりました。

以下、漫画のネタバレを含むのでご注意ください。

 

 

 

 

 

 

簡単に漫画の内容を紹介すると、天才少女である響が15歳で芥川賞直木賞をダブル受賞し、その天才少女の生き様が描かれているという内容です。天才少女の響は破天荒であり、かなり一般人からしたら異様な人格の持ち主です。だからこそ、天才なのでしょうが、私にはこの天才少女がフィクションだとしか思えないのです。

 

以下、説明します。

まず、15歳で芥川賞直木賞をダブル受賞はまず不可能だと感じます。一人前になるのに、真剣に本気で努力して、10年間、または1万時間の時間が必要だとよく言われます。10年間だと仮にすると、5歳から、響は修行を開始しないといけません

 

そして、若くして天才が出現する裏には必ずといっていいほど教育熱心な親の存在があります。しかし、響の両親はどうやらそこまで教育熱心なように見えないのです。また、5歳ということは小学校も入学していないので、漢字などはほぼ読めないし、書けないでしょう。

 

そして、小説はかなり深い人生経験や洞察などが必要になります。それを15歳で獲得することなど時間的に不可能です。文体の修業だけでも10年でようやく、ある程度の形になると思うのに、文体以上に内容の濃さまで直木賞並みと言われると、15歳で獲ることなど不可能としか思えないのです。

 

このように、この漫画はかなりフィクションであり、リアリティに裏付けられたものではありません

その点がリアルを熟知している私からすれば、所詮、作り物に過ぎず、まったく心に響かないのです。

 

リアルな天才少女の話の方が、よほど心に響きます。それは現実であり、作り物ではないからです。作りもの、フィクションの世界など、著者によっていくらでも作れますが、現実はそうはいきません。よって、私はフィクションといえども、リアリティを重視しており、リアルの裏付けは多少はないと感動しなくなっています

 

皆さんはどう感じるでしょうか?

漫画を読んでみて、どう感じるか判断してもいいかもしれません。