2016年の東大現代文を読んで思ったこと

内田樹氏の文章が出題されています。

 

私の解釈した要約を示します。

 

知性がある人とは自説を頑強に主張しないし、固執もぜず、感覚的に腑に落ちた意見は取り入れ、意見をアップデートする人であり、周囲に良い影響をもたらし、パフォーマンスを上げる人のことだといいます。

 

そして、知性とはデータなどや知識量が多いがゆえに、自説にこだわり曲げない、もしくは周囲のパフォーマンスを上げない人には宿らないといいます。

 

知性とは集団あってのものであり、個人だけに完結するものではありません

 

以上です。

 

私は思うのです。 知性が集団に宿るとはまず、「みんなの意見は案外ただしい」という本や、集団知と呼ばれる概念のことなのかなと。そして、自説にこだわらず、意見をアップデートするために、周りの意見を吸収するのは大事でしょうが、問題が出てきます。

 

内田氏の意見によればデータが軽視されていて、感覚的に腑に落ちる意見を重視せよとのこと。

 

これが、問題点の1つです。データ分析もいろいろと難しいです。解釈を間違える可能性もあります。ですが、データ軽視はマズいでしょう。

 

次に、周りの意見を聞いていたら、いつまでも意思決定ができないということです。経済政策は基本的に、全ての人を満足させることはできません。だから、経済学があるのです。限りある資源の分配です。

 

また、経営や政治政策でも、意思決定をするということは何かを選ぶということです。何かを選んだら、何かを捨てるのが選択というものです。A案もB案もC案も全てを選ぶのは不可能です。折衷案もありますが、重要度の違いはあります。政治政策で言えば、周りの意見を聞くとは既得権益集団の意見も聞くということになります。

 

財源も限りがありますから、全ての人を重要視することはできません。結果的に、成果を上げる人を重要視せざるを得ませんそもそも自説を柔軟に変え続けたら、いつまでも意思決定ができません。また、全ての人にいい顔をすることになります。そんな人が周りのパフォーマンスを上げらるのでしょうか?

 

内田氏のいう知性ある人の概念だとそういう解釈になります。

 

そして、集団知が優れているという飛躍の解釈も可能でしょう。(内田氏は集団に知性が宿ると言っていますから)

 

集団知は大前氏によると、日本人は弱いといいます。個人だと卓越しているのに、集団IQは低いと言っています。また、民主党が失敗したことからも、集団知の代表格の選挙が当てにならないことは事例として挙げられます。

 

集団知も失敗します天才(か天才集団) 対 集団知 の妥当性というテーマで論じることもできそうですね。

 

それに、周りの人のパフォーマンスを上げる人は私の主張だと、成果を上げる人をきちんと評価することだと言いたいです。全ての人を満足させることはできませんし、選択とは何かを選ばないことなのですから、成果を上げる人を重要視し評価すれば、周りもそれを目指すようになり、パフォーマンスが上がると思います。

 

周りの意見を聞きすぎて、意思決定が優柔不断になるより、ずっといいです。責任者が「有望だと思った人を出世さえ、責任を取る」でいいのです。成果を出せない人を出世さえ続ける人だとしたら、その人はパフォーマンスを下げる人です。

 

そこには、集団知による選抜もありかもしれませんし(選挙はそうやって選ばれます)、センスのある人の選択、果ては人工知能でもいいでしょう。知性とは、「自分は知らないことを知っている」という謙虚さだけでなく、意思決定の重要さ、問題解決に至る思考回路と実行まで含まれるのではないでしょうか?

 

ただ、無知の知を知り、周りの意見を聞き、パフォーマンスを上げれば(どうして周りの意見を聞けば、パフォーマンスが上がるのが理解できませんが)、知性ある人という主張は、単純すぎます

 

反知性主義者はデータによる絶対的な自信と自説を曲げないことで、周囲のパフォーマンスを下げる人のことだそうです。(この因果関係も不明です)

 

周囲の意見をある程度聞き、アップデートすることは大事だと思いますよ。ですが、意思決定にまで踏み込んでいない内田氏の意見は浅いと感じます。

 

内田氏にはぜひ、人文科学によって、全ての人(もしくは大多数)を満足させて欲しいと思います。人文科学重視派なのですから、理系や実学よりもパフォーマンスを上げる発言責任がありますよ。

 

私は、今の混乱期は理系に頼るしかないと思っています。理系の技術により、エネルギーや食糧問題などの諸問題を解決するしかないのです。そこでの人文科学の活躍の比率は下がります。もちろん、「人間とは何か?」の人文科学は残すべきでしょうが、少なくていいと思います。

 

東大現代文思考力重視にもうなっていると思いました。マークシート方式の現代文の試験の弱点は、「とりあえずの答えを出して後は深く考えない癖」「選択肢以外の可能性を考えない癖」など、現代社会の答えがない世界を生き抜く上で、不利な性癖を育てている可能性があることですね。

 

2016年の東大の問題は良問かもしれません。内田氏という人物を取り上げたことの是非はともかく。

 

以上です。

 

参考引用文献。

昔、読んだ大前研一氏の本。(タイトル忘れた)