自己評価と他者評価の話。

目次

  
  1. 自己評価と他者評価の説明
  2. 自己評価と他者評価のギャップ
  3. 自己評価と他者評価のズレ
  4. 他者評価の厳しさ
  5. 自己評価での幸せと他者評価での物質的豊かさや経済的豊かさ
  6. 世間からの高い目標へ抵抗する最強の論理
  7. 幸福とは何かと悩む段階
  8. 仕事面では他者評価は強烈

 

 

自己評価と他者評価の説明

  

私の本「今の日本の教育改革のネタ元本」からの抜粋です。

 

5 自己評価と他者評価の話

 

自己評価他者評価は違います。自己評価とは、「自分で自分に下す評価」のことです。これは、悪い意味でいえば、「自己満足」につながります。他者評価とは、「他人が下す評価」のことです。「大学受験などの試験、就職、仕事、恋愛」などは他人によって判定されます。

 

さて、自己評価が高いつまり自己イメージが高いこと自分への評価基準が高く自分に厳しく当たり前の基準が高く、さらには「世界一じゃないと気持ち悪い感覚」まで行きつく人もいます。

 

自己評価と他者評価のギャップ

しかし、自己評価が高いからといって、「他者や市場や仕事や恋愛などにおいて評価される自分の魅力やスキルも自己評価と同等に高い」とは限りません。自己評価の魅力とスキルと、他者評価の魅力とスキルにはギャップ(差)があるのです。

 

ここで、人々は悩むわけです。自己評価、自己イメージが高く、しかも努力を猛烈に重ねて、他者評価と一致する魅力やスキルまで到達した人なら、自身のアイデンティティや精神の健全性が保たれます

 

しかし、自己評価他者評価(自己評価の方が高い)の場合、自身は満足しているのに、世間も他者も評価してくれないので憤りを感じるでしょう。逆に、自己評価他者評価(他者評価の方が高い)の場合、自分の自信や評価以上に、他者が評価しており、なんとなく違和感を感じるでしょう。

 

自己評価と他者評価のズレ

そもそも、あらゆることで、自己評価と他者評価をきちんと把握するのは難しいです。野球などのスポーツはデータが詳細にきちんとありますので、成績により、客観的な評価が可視化されます

 

しかし、曖昧な世界(恋愛や数値化しにくい仕事など)では、客観的な評価を自身が正確に把握できず、ズレが生じます。(つまり、自己評価と他者評価のズレです) 

 

ズレが生じることで、人は悩みます恋愛、仕事などで成功(結果を出す)したいのなら、他者評価(または客観的な評価)を重視すべきでしょう。

他者評価の厳しさ

もちろん、自己評価・自己イメージが元々高い人は、他者に言われるまでもなく、自分に厳しいので、他者評価(客観的評価)でもいい評価をもらえるまでの努力をし、結果を出しそうです

 

つまり、マズロー欲求でいう自己実現欲求レベル「自分の力がどれだけ通用するか」の感覚で、高いレベルを目標に努力するのが自己評価自己イメージなので、他者からも勝手に認められます

 

ところが、大半の人はそういう人ではありません。他者(上司や世間など)は普通の人の目標レベル(自己評価)以上に、評価基準を高めに設定してきます「もっと結果を出せ」「もっと良い学歴を」「もっといい人と結婚しろ」などど迫ってきます。

 

これが他者評価(客観的評価)の厳しさです。

 

自己評価での幸せと他者評価での物質的豊かさや経済的豊かさ

しかし、幸せを追求したいなら、他者評価はほどほどにし、自己評価を重視すべきです。幸せとは精神的な幸せのことです。自分にOKを出せれば、すぐに幸せになれます。

 

他者評価は最低限の期待に応えるだけにし、自分の基準を大事にするのだから、幸せになるのは当然でしょう。そして、自分の基準(自己評価)というものは、大半のひとは甘いので、恋愛や仕事での成功(結果を出す)や物質的な豊かさは得られにくいでしょう。

 

物質的な豊かさ社会での成功(恋愛や仕事など)では、自己評価を大事にしすぎると、当然、他者からは認められず、成功は得にくいです。よく自己啓発本は、「自分を大事にしろ」「世間に惑わされるな」などと書いていますが、これだけ、「大学受験、就職、仕事、恋愛など」で他者からの評価にさらされているわけですから、絵空事のようにすら聞こえてしまいます。

 

つまり、自己啓発本の一部で、「自己評価を大事にし、自分を大事にしろ、他人の目なんて気にするな」ということを書いているのは、自己評価を大事にすれば幸せが近づくのですから(悪い意味でいえば、自己満足)、当然なのです。

 

世間からの高い目標へ抵抗する最強の論理

自己満足、自己評価を大事にし、他者や世間の声を無視すれば、高い目標などを無視するのですから、に決まっています。しかし、親や世間からの高い目標(他者評価)の追求に対して、「最強の抵抗する論理」があります。

 

それは「幸せは次第に慣れる、当たり前になってしまう」というものです。どんなに金を得ても、どんなに美人を得ても、それには慣れてしまうのです。そして、幸福感は次第に弱くなります。(これが、美人を妻にしても浮気をする理由です。もっと幸福感(刺激)が欲しくて、違う女性に手を出すのです)

 

神様が仮にいるとすれば、「上手いこじつけ合わせを人類に残した」と言えます。強者(金や美女など)でも、次第に慣れるというからくりがあることで、幸福感は薄れ、悩みはそれなりにあるのです。

 

弱者からすれば、その論理は「金や美人を得た後での強者の意見だ」という人もいるでしょう。全くその通りなのですが、実際問題、「次第に慣れてしまう人間の性質」から言えば、幸福や他者評価への視点はよく考えるべきことになるでしょう。

 

他者に目標を高く上げるように誘導された人は、ここで「幸福とは何なのだ」と悩むわけです。金や美人を得ても、幸福感が薄れてしまうという人類の性質

 

幸福とは何かと悩む段階

ここで、自己評価の話に戻り、他者評価の視点に踊らされ、金や美人などを得るように誘導されたのではないか?本当に自分は金や美人を得たかったのだろうか?と考える人はいます。実は自分は負け惜しみではなく、「そんなに金や美人を欲してない」のではないか?とも。

 

ここで、「金とはいったい何なのか?」という記事も参考にすると、「金がなくても自身でできることを増やすこと」や、「人脈を築けばいい」(もちろん、成功しないといい人脈は築けないですが)や、「贅沢はそれほど本当は望んでいないのだから、節約や少額で楽しめることをすればいい」という考えに行きつくことになります。

 

 

 

仕事面では他者評価は強烈

しかし、世の中において、恋愛はまだしも、仕事面では他者評価は強烈です。よって、仕事面においては、自己満足、自己評価の視点はやめた方がいいと思います。じゃないと、最低限、食っていく能力構築すらできなくなります。

 

仕事においては他者評価を重視した方が、逆に楽に生きられると思います。例えば、若い時に外資系や起業などで猛烈に頑張り、40歳で早期リタイアという人生の選択肢がある人もいます。

 

仕事は競争なので(公務員は別)、楽をすればするほど、どんどん苦しく追い込まれていくことになります。よって、競争下にある人は、生産性を上げる、つまり実力やスキルを上げて、余暇やワークライフバランスを取れるぐらいの余裕を持つ方がいいと感じます。

 

私の本も参考にして、情報を収集し、スキル獲得への突破口にしてほしいと思います。

 

以上です。

 

参考文献。

 

katohaya2125.hatenablog.com