エッセイ 自己責任過剰の時代1

 

皆さんは、AndroidのアプリにはiPhoneと比べてウィルスが入り込みやすいのを知っていますか?Apple社の場合、審査したアプリしか導入されず、入手先もAppStoreのみです。

これに対して、Androidは入手先の自由度が高く、自己責任で選んでくれということになっています。他のネットサービスも、ググるという行為を行わないと、なかなか使いこなせません。

私は中年なので、若者と比べれば、苦労します。

医者の診療の際も、5分診療が基本なので、誤診される可能性があります。薬をもらっても、自分できちんと調べなければ副作用などで悩まされる危険性もあります。医者のことを全面的に信頼すると、後で損害を負う場合があります。

株式投資も、損をしたら、自分が悪いのですよね。つまり、自己責任原則ですね。

でも、自己責任原則って必要だと私は思うのです。なぜかと言うと、国家や上のアドバイスに頼りすぎて、自己責任にしなくなると、個々の判断力が弱まると思うからです。

個人個人の行動が結果となり、責任として跳ね返ってくるからこそ、皆、真剣になるのですよ。でもですよ。 その自己責任原則は完全に正しいのでしょうか?

私は、思うのです。自己責任原則は、皆さんがスーパーマンにならなければ、基本的に成り立たないと。つまり、豊富な知識と判断力があるスーパーマンだけが自己責任原則社会で生きていけます。

統合失調症の障害者が殺人を犯しても罪になりません。なぜなら、判断力がないからです。認知症の老人が運転を禁止されます。判断力がないからですね。

上級の仕事(弁護士や大卒など)の仕事は、高度な知識と判断力あってこそです。

でも、日本という国にスーパーマンがたくさんいると皆さんは思いますか?選挙、医療、法律、就活、保険、ネット、人間関係(恋愛含む)、学校教育、子育てなど、たくさんの場面で、高度な知識と判断力を持っているのでしょうか?

これらのたくさんの場面で、自己責任で判断を求められます。しかし、私を含め、大半の人は高度な知識も判断力もないと思います。

あらゆる場面で正しい判断をするには、あらかじめ勉強することなどが必要です。ですが、そういう人は稀です。時間も意欲もないのでしょう。

そういう時は専門家に頼みます。弁護士、税理士、金融系、IT系などたくさん専門家がいますね。でも、残念なことに専門家に頼むのは金がかかります。

そして、豊富な金を持っている人は富裕層だけです。富裕層じゃない人達は調べて勉強しないと、あらゆる場面で正しい判断ができないことになります。

そして、大半の人達はそうなっています。スーパーマンなどほぼいません

金がない場合、人脈が豊富であれば、代わりとなります。金で頼むのと同じ効果が人脈にはありますからね。でも、金も人脈も両方ある人は少ないと思うのです。

よって、「自己責任過剰の時代」というタイトルにしました。「自己責任」を日本という国は求めすぎなのですよね。スーパーマンや、富裕層なんてほんの一握りなのですよ。

また、自己責任だと連呼する人達がいます。そういう人達は恵まれていることが多いと私は思うのです。

苦境や逆境の人が自己責任だと言うなら、まだ分かります。ですが、遺伝・環境に恵まれていながら、自己責任だと他人に押し付けるということは、酷くないですかね?

この世の中は完全な平等な競争条件ではないのです。残念ながら。

大学受験はまだ平等性が残っていますが、社会人になってからの競争は全然平等じゃないです。大学受験でも親の影響力は大です。高学歴の親の子供は高学歴になりやすいことからもいえます。

社会人になってからは、

官民(公務員・民間企業)間の格差 > 雇用(正社員・非正規社員)間の格差 >男女間の格差 > 職種(営業職や技術職)間の格差 > 年齢・役職間の格差 > 企業(規模や業種)間の格差 の順に、理不尽度が高くなっています。

給料や待遇がまったく異なるのですよ。民間企業で非正規社員で女性なら、かなり不利です。可哀想ですらあります。年齢が高齢になると就きにくくなりますしね。

企業間の格差(大企業か中小企業か)や、業種(金融業は一般的に高給で、サービス業は一般的に低給)もそれなりに影響がありそうですが、それ以上に公務員、正規社員、男性であることは有利に働きます。

正規社員、公務員、男性である人は恵まれていますよ。もちろん、努力してその地位に就いたのでしょうが、恵まれた因子(遺伝、環境など)がある人の場合、自己責任だと他人に言わないほうがいいです。

世の中には悲惨で恵まれていない逆境の人がいて、もし同じ環境下なら、その地位に就けたか疑問なのです。親に金があるか、高学歴で、進学高ならとりあえず恵まれていますよ。

逆境の人に自己責任だと安易に言うことは、良くないです。このように、社会は理不尽に溢れています。

環境や遺伝などで恵まれている人、官民格差などの理不尽によって、自己責任原則は大いに揺らいでいます。よって、恵まれていない人は多くを自分で抱え込まないといけないので、大変なのですよ。

こういう社会を変えるべく、国家がある程度、サポートする必要があると私は思いますね。

もし、この社会が変わらないとしたら、自己防衛するしかありません。悲しい事実ですが。

自己責任過剰社会を渡っていくには豊富な知識と判断力が必要でした金と人脈もです。

前者は私の本で知識武装してもらえれば、ある程度解決すると思います。そのための本もたくさん書いています。金と人脈に関しては、知識武装や技能を習得することで、ある程度は得られる可能性が高まります。

偉い人や実力者は、それなりに役立つ人(武器がある人)じゃないと、相手にしてくれません。武器もないままに、人脈を拡大しようとする人がたまにいますが、ほとんどは徒労に終わるのではないですかね?

実力者にとって、その人が自分の役に立たなければ関わる意味合いが薄くなります。まずは武器構築か、武器がまったくなければ、滅私奉公して実力者の後押しを得るか、企業などに雇われることでしょうね。

以上です。

2に続きます。